植物を刈り入れて巣作りする「水場の建築家」、マスクラット

齧歯目

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水上に建てた巣の中で眠るマスクラット
(photo by:USFWS Mountain-Prairie)

名称(学名)
マスクラット(Ondatra zibethicus)
分類
齧歯目 キヌゲネズミ科(ハタネズミ亜科) マスクラット属
分布
北米(原産国)、南米、ユーラシア大陸(外来種)
生息地
湿地、河川、湖、池、運河など
体長
20~35cm(頭~胴)、20~27cm(尾)
体重
0.6~2kg

香水をブレンドして振りまくネズミ

 人々がお気に入りのフレーバーを手首へ忍ばせるように、動物の世界でも”におい”を利用するものは多い。特にジャコウ(musk)は、動物が長い歴史をかけて生み出してきた、愛すべき香りだ。ジャコウジカ、ジャコウウシ、ジャコウネコ…様々な動物が甘い香りで異性を惹きつけている。

 マスクラット(muskrat)もそのひとつ。「musk」はジャコウと和訳されることが多く、かつてはマスクラットも「ジャコウネズミ」と呼ばれていた。だが別の動物がすでにその名称で呼ばれていたため、混乱を避けるために「マスクラット」というカタカナ読みが定着した。ちなみにジャコウネズミとは、ネズミ目ではなく真無盲腸目に属するまったく別の動物を指す。

 マスクラットは尾の付け根に備えているジャコウ腺から、独特な香りの液体を分泌する。ほのかに甘い香りは人々を魅了し、香水の原料として使われてきた。ただし現代では、マスクラットの国際的な取引が厳しく制限されているため、市場に出回るのはホワイトムスク(合成香料)がほとんどだ。

 ホワイトムスクはいわば、良い香りだけを再現した人間用の香水だ。実際のムスクは土臭さや動物臭といった、より複雑な香りも含んでいる。さらにいえば実際のマスクラットは体臭がかなり濃く、「くさい」と評されることも少なくない。

 残念ながら、彼らが放つのはムスクの甘い香りだけではない。「ハムスターの飼育小屋のにおい」と称されるネズミ臭さや、水場で暮らしているためか、「潮の香り」もまとっている。生乾きの動物が放つにおいは、お世辞にも良い香りとはいえないだろう。

 だがこうした強力なにおいを駆使して、マスクラットは移動経路やなわばりを標識している。彼らにとってムスクは、迷子を防ぐためのビーコンなのだ。また、仲間のにおいは魅力的に香るようで、繁殖期になると異性を惹きつける香水としても利用される。人が新たな香水を生み出しているように、マスクラットもまた、自らの体臭を「ブレンド」して香りを主張しているわけだ。

ビーバーとは”棲み分け”をする関係

 マスクラットはしばしばビーバーと誤認される。水場を泳ぎ回り、さらに水上で巣作りをする姿がビーバーと重なるのだろう。だがマスクラットはビーバーとの相違点も多い。そもそも体重からしてビーバーの10分の1程度しかない。ハタネズミ亜科の中では最大種として知られるが、カピバラに次ぐ巨大ネズミの大きさには遠く及ばないのだ。

 泳ぎ方も独特だ。ビーバーは泳ぐときに顔しか水面に出さないが、マスクラットは背中全体を浮かべたまま泳いでいく。また、尻尾をくねくねと動かして積極的に推進力を得てもいる。その動きは激しく、まるでお尻にウミヘビがくっついているように錯覚してしまう。尻尾をかじ取りにしか使わないビーバーとは対照的だ。

 建築技術にも違いが認められる。ビーバーは巣だけでなくダム建設も手掛けるが、マスクラットの仕事は巣作りやエサを食べる台座づくりにとどまる。大規模な建造物までは作らないのだ。なお建材にも差があり、ビーバーは木の枝を、マスクラットは草の茎を利用している。それぞれが異なる建材を用いているため、2種が競合する心配はない。

水中を泳ぎ回るマスクラット
マスクラットは背中を見せるように泳ぐのが特徴だ。速度が欲しいときには尻尾もかなり激しく動かす。(photo by:born1945)

 マスクラットは巨大なドーム状の建築物を建てて、そこに根城を構えている。ビーバーの巣になぞらえて言えば、年間を通して用いられる「ロッジ」を建てるわけだ。

 あるいは冬に水場が凍り付くと、氷に穴を開けてそこから草や泥を押し上げるように重ねていく。氷の穴にマウンド(塚)を作っておき、陸上にアクセスするための通路や休憩所として役立てるための建築物だ。その作成手順から「プッシュアップ」とも呼ばれ、北米の湖などでは冬の風物詩にもなっている。

 春の訪れと共に氷が溶けると、役目を終えたプッシュアップは孤島さながらに浮かび上がる。そして水嵩が増した河川に流され、あるいは水没してその姿を消していく。

 春は洪水の季節でもある。マスクラットはダムを建設しないので、残念ながら洪水を防ぐことができず、ロッジでさえ跡形なく流されてしまう。だが住居を失いながら、彼らがめげる様子はない。幸いなことに、春先は植物がこぞって背を伸ばしていくため、建材には事欠かない。時折、集めた建材を”盗み食い”しながら、マスクラットは新しい住居を建てていく。

水上に建てられたマスクラットの巣
マスクラットが水上に建てる巣はしばしば巨大化し、最大で高さ1.5メートル、幅2.5メートルにも達する。(photo by:Larry)

 マスクラットの巣に比べて、ビーバーの巣はとても頑丈だ。ダムで川をせき止めて流れを穏やかに保っているので、洪水で巣が流される心配もない。硬い枝を素材にするためか、巣自体の強度もかなりのものだ。マスクラットの巣よりも壊れづらく、水漏れしづらく、冬の間でも暖かい完璧な住居に仕立て上げている。

 片や毎年の住居申請を求められ、片やマイホームに安住している。この状況を鑑みて、マスクラットはビーバーに嫉妬しないのだろうか。その心配はないらしい。むしろマスクラットはビーバーの仕事ぶりを認めて、積極的に近づこうとする。たとえばビーバーが枝の伐採に向かうと、マスクラットもその後を追いかけていく。ビーバーは視界を遮る枝葉を刈り取ってくれるので、空いたスペースでエサや建材を見つけやすくなる。

 冬になると、ビーバーの巣に居候するマスクラットも現れる。自分が作るよりも優れた住居であると認めているのだろう。マスクラットは巣の補強材料を集めてきて、それを賃貸料として収める。それに気をよくしたビーバーは、冬の間だけマスクラットの滞在を認めてくれる。なお2種は活動時間が異なるため、巣の利用権をめぐって揉める心配はない。これも作戦のうちなのだとすれば、マスクラットは交渉術に長けた動物なのかもしれない。

泳ぎが達者で潜水も得意

 彼らは天然のスイマーとなるべく進化を重ねてきた。後脚には水かきがあり、バタ足で推進力を得やすくなっている。尻尾が鱗に包まれているのは、水の抵抗を減らすための適応だろう。マスクラットは尻尾を絶えず左右にうねらせて、推進力を高めるだけでなく進路調整にも役立てている。動作の幅を調節して即座に方向転換するのだ。彼らが水中で見せる機動力は、魚が泳いでいる姿と遜色ない。水を得たマスクラットを捕まえるのは困難だろう。

 潜水も得意技だ。小柄でありながら最長17分間も水に潜れる。マスクラットは二酸化炭素の感受性が低い―――つまり息を止めても息苦しさを感じづらく、水中で苦しくなってパニックになることがない。これはクジラやアシカなど、潜水を得意とする動物にみられる特性だ。

 あるいは前歯を出したまま口を閉じるという芸当もやってのける。前歯が不自然なまでに前方へ突き出ているので、唇を前歯の背後にピタリと張り付かせることも可能なのだ。そうやって口を閉じたまま、水底の植物を噛み千切っている。

 なおマスクラットは後脚と尻尾だけで泳ぎを維持できるので、植物を口にくわえたり、前足で掴んだりしたまま泳げる。効率的に建材を運んで、巣作りをせっせと進めているわけだ。

植物性の”ガラス”をすり潰せる歯

 マスクラットは食事の95%を植物に頼っている。特にガマはエサだけでなく建材としても活躍する優れものだ。味や食感はアスパラガスやトウモロコシに近いとされ、サバイバル食料に推奨されている栄養食でもある。

 ガマも含めて植物を刈り取るのは、前歯の仕事だ。上下の歯でしっかりと挟み込み、太い茎もひと噛みでへし折ってしまう。奥歯も植物食に適しており、上下の歯を隙間なく噛み合わせて、硬い植物質も効率的にすり潰している。人間の臼歯にも凹凸はあるが、マスクラットの臼歯の凹凸はより洗練された構造になっている。上顎の山は下顎の谷に、下顎の山は上顎の谷に。それぞれの突起がくぼみにピタリとはまるのだ。

マスクラットの頭蓋骨
マスクラットの頭蓋骨。前歯が突出しているため、唇を前歯の後側へ付着させられる。また臼歯はどれも、上下がピタリと収まるようになっている。(photo by:Ryan Somma)

 これは、植物が蓄えているガラス質に対抗するための歯列構造だと考えられている。植物は根からケイ素を吸収し、最終的に二酸化ケイ素のかたちで蓄積する。二酸化ケイ素はガラスの主成分としても知られる頑丈な化合物だ。植物では体を支えたり、食害や日射を防ぐといった防衛に役立てられる。植物質をすり潰しづらくする厄介な”調味料”でもあるため、マスクラットはこれを対策するために歯並びを良くしようと進化してきた。よく噛んで食べて消化を良くしようとしたわけだ。

 また齧歯類(げっしるい)の面目躍如で、マスクラットの歯はどれだけ酷使しても擦り減らない。厳密には植物を噛むたびに擦り減ってはいるのだが、それを補えるほどに歯も成長するため、見た目の上では歯の大きさが変化しないのだ。歯は一生伸び続けるので、植物を食べすぎてボロボロになることもない。思うがままに食べ、そして建材にできる。

増えては減って生態系を循環させる

 マスクラットはrat(ネズミ)の名に恥じない繁殖力を秘めている。母親は出産から5日と経たずにオスと交尾するため、1回目の子どもたちが離散した直後に、すぐ次の出産を迎えることも多い。平均的な母親は春先に2、3回出産し、1度の出産で4~8匹の子どもを産む。多ければ1年に24匹の子どもを世に送り出せる計算だ。

 子どもの成長も早い。10日で泳ぐようになり、20日で固形食を食べ始め、30日で離乳するとすみやかに巣を離れていく。出産数が多いことも相まって、マスクラットは急激に数を増やしていく。

 マスクラットは6~10年周期で、増加と減少のサイクルを繰り返すことでも知られる。増加のピークを迎えると生息地の植物を食い尽くし、やがてエサをめぐるケンカによって、多くのマスクラットが命を落とすようになる。

 数が増えれば捕食者に襲われやすくもなる。マスクラットは元々狙われやすい性質で、イタチと激しい取っ組み合いを演じたり、オオアオサギに丸呑みされる姿がよく目撃される。ジャッカルに巣穴ごと破壊されて捕まることもあるなど、襲い掛かってくる捕食者は場所によってまちまちだ。生態系においてマスクラットは「エサ」の役割も果たしているといえる。

 増加のピークから少しと経たずに、マスクラットの死亡率は跳ね上がってしまう。主な原因は「病死」だ。仲間や捕食者から病気をもらうと、個体密度の増加も手伝って急速に病気が伝播していく。そこから数年単位でマスクラットは減少していき、ついには姿を見ることも適わなくなる。

 マスクラットがいなくなれば、食い荒らされた植生も回復を始められる。それをエサにしてわずかに生き残ったマスクラットがまた数を増やせば、エサ場の復活を喜ぶように捕食者たちも水場へ戻ってくる。長期的な視点から見ると、マスクラットは生態系を回転させる一助となっているわけだ。

環境を整備して生態系を守ってくれる

 ビーバーほど直接的ではないが、マスクラットも環境整備に貢献してくれる。たとえば土地再生の成功例として知られる、ポプラ島のプロジェクトも支えてくれていた。マスクラットの形成する通り道(リード)が、ポプラ島の生物多様性を高める後押しになったのだ。

 リードは水溜りを解消してくれるため、洪水を防いで植生や土壌を守ってくれる。また鳥や魚の通り道にもなり、水場にたくさんの動物が訪れるキッカケとなる。

 通り道だけでなく、マスクラットが作るロッジもまた、数多くの動物を支えている。ネズミやトガリネズミに隠れ家を提供し、カメに日向ぼっこのスペースを与えるだけでなく、鳥にとっては水上で休憩するための止まり木となる。カモにいたってはロッジの上に巣を構えることもあるそうだ。

 プロジェクトによって土地面積を増やされたポプラ島の湿地帯は、マスクラットによって居心地良く整えられていった。その結果、プロジェクト開始時には約10種しかいなかった鳥類が、20年後には300種以上にまで種類を増やしたそうだ。マスクラットの環境整備がいかに優れているのかを、彼らは実績をもって証明したわけだ。

植物を刈り取った中心部でエサをほおばるマスクラット
マスクラットは植物を刈り取って道を作り、水場に数多くの動植物を呼び寄せてくれる。(photo by:Adam Buzzo)

 あるいはガマを駆逐するプロジェクトもこなし得る。ガマは食物にも利用できる優れものだが、地域によっては在来種を駆逐してしまう侵略的な植物でもある。湿地に真っ先に侵入しては、急速に成長してあたり一面を埋め尽くすので、ほかの植物は根付くためのスペースを奪われてしまう。延いては環境が画一化してしまうため、動物も限られた種しか定着できなくなり、その土地の生物多様性は著しく阻害されてしまうのだ。

 たとえば北米の五大湖でもガマが大繁殖している。除草剤や除草機を用いて管理しようにも、結果は焼け石に水で、ガマの侵略は衰えることなく進んでいる。科学的な手法も機械的な手法も、ガマには通用しないのだ。

 ところで、マスクラットはごく自然にガマを管理している。たとえば茎を水面下で刈り取ってくれるため、ガマの酸素供給を絶って効率的に排除してくれる。ガマは水上に顔を出した茎から酸素を得ているため、マスクラットのような手法で処理されると溺れてしまう。

 ガマを刈る頻度や強度がバラバラであることも、生態系によい影響を与えているようだ。マスクラットは縄張りの範囲内において、ガマを集中的に刈り入れながら暮らしている。しばらくすればガマは回復するだろうが、その頃にはまた別の場所でガマを刈り入れするので、マスクラットのなわばりは常にどこかしらスペースが空いている状態になる。やがてそのスペースを求めて新しい動植物が侵入すれば、多様な生態系が育まれていく。

 もし除草機を用いてガマをすべて排除したとしても、それは時間稼ぎにしかならない。一時的には広大なスペースを生み出せるだろうが、時が経てばまたガマは成長し、元通りのガマ畑を形成してしまう。ガマの隙をついて訪れた動植物も、再び住まいを追われてしまう。

 たとえ小規模であっても、継続的にスペースを空けておいた方が、結果的に生き物が暮らしやすい環境となるわけだ。


 マスクラットの仕事ぶりが評価され、今ではその手法を真似しようとする動きも出てきた。「Muskrat Disturbance Analog(マスクラット撹乱模倣)」と呼ばれるこの手法は、マスクラットを模倣して、彼らと同じような頻度と強度でガマを刈り取ろうという、計画的な除去方法だ。実際、MDAによりガマ畑の多様性が高まったという報告もされており、言うまでもなくマスクラットの暮らしている地域も、動植物によい影響が確認されている。マスクラットは生態系を守っていることが、科学的に証明されたわけだ。

 神話において、マスクラットは地球上に大陸をもたらしてくれた。そして現代においても、彼らはガマ畑に陸地をもたらしつつある。マスクラットは生き物たちに暮らしやすい土地を提供してくれる、優れた環境整備士なのだ。


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