捕食者の盲点を突くフラッシュ行動、トウブワタオウサギの綿尾に秘められた回避術

2025/09/06


尻尾を上げて、目立つ白色を見せつけるトウブワタオウサギ
(photo by:Raincrow)
名称(学名)
トウブワタオウサギ(Sylvilagus floridanus)
分類
兎形目 ウサギ科 ワタオウサギ属
分布
カナダ(南部)、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカの(中央~北部)
生息地
草原、森林、灌木地帯、農地、牧草地
体長
36~48㎝(頭~胴)、2.5~6.1㎝(尾)
体重
0.8~2㎏

大陸を席巻する驚異の適応力、トウブワタオウサギが築き上げた繁殖の帝国

 ウサギは地球上で最も繁栄している哺乳類のひとつだ。南極を除くすべての大陸に生息しており、その高い適応力と繁殖力を今も証明し続けている。

 たとえば歴史上、オーストラリア大陸にウサギは存在しなかったが、今では数千万~数億匹ものウサギが暮らす事態となっている。19世紀、ハンティングを楽しむために24匹のウサギが導入されると、人類の思惑をはるかに超えて爆発的に数を増やしていった。今ではオーストラリア全土へ広がり、在来種の動植物を脅かす存在として扱われるまでになった。わずか数十匹が引き起こしたとは思えない事態だ。

生まれたばかりのトウブワタオウサギの群れ
生まれたばかりのトウブワタオウサギ。1度の出産で平均5匹が生まれ、年に3~4回出産する。(photo by:Gunter)

 ウサギ目動物は潜在的に優れた環境適応力を秘めており、機会さえ与えられれば爆発的に増えていく。トウブワタオウサギもその例に漏れず、アメリカ大陸の広域にわたり数を増やしてきた。北米と中米のほぼ全域で見られるだけでなく、南米でも北部から南部にかけて広がりを見せている。

 また、トウブワタオウサギは土地ごとに独自の進化を遂げており、歴史的には30種を超える亜種が存在すると考えられていた。遺伝子研究や化石調査の結果を反映して、現在は17亜種にまで数を減らしているが、それでもまだ多いくらいだ。

 化石記録や遺伝子情報によると、トウブワタオウサギの起源は北米大陸にあると考えられている。具体的には、最後の氷河期が終わった後に生息域を広げていった。また近代において人類が森林を拓くと、トウブワタオウサギの好む草原や低木地も増えていき、生息域を広げるキッカケになったと考えられている。北アメリカで繁栄を重ね続けたウサギたちは、やがて中南米にも進出するようになり、ついには各国へ輸入されて定着する個体群まで現れた。

 もはやトウブワタオウサギの繁殖力は疑いようがない。どのような土地でも暮らし、進化できることを歴史が証明している。彼らは米国を代表するウサギとして、今も未踏の地へ広がることを夢見ている。

生涯伸び続ける歯と強靭な消化系、あらゆる植物をエサに変える草食のスペシャリスト

 あらゆる土地で過ごせるがゆえに、トウブワタオウサギは別種のウサギとも生息域が被りがちだ。かつては砂漠や沼地でも暮らしており、土地利用をめぐり争っていた。なお近縁のワタオウサギ属にまで視野を広げると、今でもこうした土地にウサギが見られる。水分をほとんど含まない植物さえ消化してしまうサバクワタオウサギや、ウサギ目には珍しく積極的に泳ごうとするヌマチウサギなど、個性豊かなワタオウサギが暮らしている。

 こうした能力の一部はトウブワタオウサギにも引き継がれており、乾燥地帯や水辺に姿を現すことも珍しくない。彼らは繁殖力だけでなく、環境に対する適応力も証明済みなのだ。

冬毛に身を包むトウブワタオウサギ
冬毛に身を包むトウブワタオウサギ。彼らは冬眠せずに年中無休で動き続ける。年に2回の換毛で体温調節し、どのような環境でも生き延びる。(photo by: D. Gordon E. Robertson)

 彼らの適応力を支えているのは、どのような植物もエサにしてしまう貪欲さにある。アルファルファ、タンポポ、クローバー、ハコベ…。トウブワタオウサギは青々とした草本植物が大好物で、種類を問わず胃に収めてしまう。冬になれば樹皮を齧って空腹に耐えることもあり、最大141種類もの植物を利用するという報告もある。

 ウサギは一度食べた植物を盲腸便として排泄し、それをもう一度食べることで効率よく栄養摂取している。どれほど硬い植物質も、彼らの消化を妨げることはできない。

 また、ウサギは齧歯類と同じように、生涯にわたり歯を伸ばすことが知られている。むしろ歯に関しては、齧歯類よりも優れているといえるかもしれない。齧歯類は前歯しか伸びないのに対して、ウサギは奥歯も一緒になって伸び続けるからだ。どれだけ植物を噛みしめたとしても、彼らの歯が擦り減ることない。物理的にも科学的にも、ウサギは草食にうまく適応しているのだ。

 食欲を満たし続けるためにも、トウブワタオウサギはお気に入りの食事スポットを見つけると、そこで一生を過ごそうとする。柔らかくて食べやすい草本植物が豊富な場所―――草原を特に好んでおり、同種・異種にかかわらず他のウサギを追い払いながら、エサを求めて足を運び続ける。

あたりの様子を探るために二本足で立ち上ることも多い。敵の気配には敏感で、一目散に身を隠せる茂みまで逃げていく。(photo by:Melissa McMasters)

 餌場を確保することも大切だが、隠れ場所も用意しておきたいところだ。残念ながら草原は捕食者と遭遇しやすい危険地帯でもある。

 キツネやボブキャット、イタチ、アライグマといった陸上哺乳類はもちろん、空からはミミズクやタカなど鳥類が目を光らせ、場所によってヘビやオオトカゲ、ワニら爬虫類とも遭遇する。ペットの犬や猫も強敵だ。さらにいえば農地を守り、狩猟を楽しむ人間も恐ろしい相手となる。トウブワタオウサギにとって、肉を食べる動物はほぼすべてが天敵といえる。

 開けた餌場に姿を晒し続ければ、嫌でも捕食者の目に触れてしまう。危険を回避するためにも隠れ家が欲しいところだ。トウブワタオウサギの場合、植物の茂みが豊富な土地―――森林や低木地を隠れ場所として利用することが多い。背丈の高い草や灌木(小さな木)に身を潜め、捕食者の目をごまかそうとする。

 茂みが物足りないならば穴を掘るのも一考だ。根元に”くぼみ”を掘るだけで、即席の防空壕が誕生する。あるいは枝や落ち葉の山など、死に絶えた植物の跡地に潜むこともある。植物はエサであるとともに、彼らの身を守ってくれる防壁でもあるわけだ。

翻弄される捕食者の視線、白い尻尾に隠されたデコイ戦略と血縁者への警告信号

 尻尾を上げると白色がまぶしく目に飛び込んでくる。ワタオウサギの「綿尾」たる由縁だ。上腹部がすべて茶色や灰色など地味な色を呈することもあって、綿のように真っ白な尻尾はよく目立つ。特に背後から見ると一目瞭然で、ともすれば捕食者を呼び寄せかねない”厄介者”に思える。だというのに彼らは下腹部を隠すどころか、積極的に尻尾を上げて見せびらかす素振りすら見せる。なぜ彼らはリスクを負ってまで、目立つ色を身に着けるのだろうか?

 理由は諸説ある。たとえば「異性を惹きつける説」が考えられる。ワタオウサギは繁殖期になると儀式的な行動を見せる。特にトウブワタオウサギでは顕著で、オスとメスが向かい合って奇妙な”ダンス”を踊っている。

 まずはオスがメスを情熱的に追いかける。その脚力を誇示するためだろう。オスの脚力に満足すると、メスはオスと向かい合い、その場で60センチほど垂直に跳ね始める。するとオスもつられてピョンと跳ね、最後には2匹でジャンプを繰り返すようになる。一見すると遊んでいるようにも見えるが、これは生存戦略に基づいた立派な”儀式”なのだという。パートナーに走力と跳躍力を証明するための、いわば婚姻のダンスなのだ。

 ジャンプするたびに下腹部の白さが強調されるので、尻尾が白ければ白いほど、そのウサギの存在感も高まる可能性がある。健康的な白さが、異性を惹きつける”化粧”として働くわけだ。

エサを食べているだけだがトウブワタオウサギの尾は非常によく目立つ
「綿尾」は目にまぶしく、どのような行動を取っても目に飛び込んでくる。(photo by:MagnusAloïs)

 トウブワタオウサギと直接的に関係するわけではないが、アナウサギが尾を動かす理由を7つの仮説に基づいて分析した研究内容も、「綿尾」の秘密をひも解くカギとなる。曰く、「血縁者に危険を知らせる説」が最も有力な説であるのだという。

 トウブワタオウサギと同様に、アナウサギも飛び跳ねるように走っていく。また捕食者に襲われた際は、やはり尾を上げて白い下腹部を見せようとする。捕食者から狙われやすくなるリスクがあるにもかかわらずだ。

 これは捕食者にまだ気づいていない仲間に対して、「警戒せよ」というサイとして働くらしい。血縁者に対しては尻尾を上げる割合も高くなり、子連れのウサギは尻尾を上げる頻度が300%にまで跳ね上がった。意思をもって尻尾を見せているは明白だ。おそらくアナウサギは、「子孫の生存率を上げる」というメリットと、「自分が捕食者に捕まる」かもしれないリスクを天秤にかけて、尻尾でサインを送るべきかを決めているのだろう。

 なおこの話には続きがある。人間やキツネの模型が近づいた場合は積極的に尾を上げて見せたが、テンの模型に対してはその頻度が落ちた。つまりアナウサギは近づいてくる相手の正体を正しく理解して、しかも相手に応じて対応を変える柔軟性も見せてくれたわけだ。これもウサギの適応力が垣間見える一幕といえる。


 同研究では、「捕食者から逃げやすくなる説」も提唱している。力強く跳ねながら尻尾を見せびらかすと、「元気で脚力も優れていますよ」というサインになるというのだ。これを見た捕食者は難敵を追いかける面倒を嫌い、追いかけることを諦めてしまう。

 この説を支持するような事例は事欠かない。たとえばガゼルやインパラは「ストッティング」と呼ばれる跳躍走行を見せる。速度を犠牲にして、あえて目立つように高く飛び跳ねるのだ。あるいは猛禽類に襲われたコウハワイミツスイは、飛びながら歌を歌うことがある。あえて派手に行動してみせて、「まだ逃げる余力がありますよ」と捕食者へ訴えるのだろう。

 なおアナウサギの場合、白い尻尾が「デコイ」としても働いている可能性がある。よく目立つ尻尾は目印にはもってこいだ。捕食者はその白さに釘付けとなり、ウサギの尻尾だけを見て追いかけるようになる。だがウサギが尻尾を下げながら急に方向転換すると、捕食者はウサギの姿を見失うばかりか、尻尾という目立つ標的も失ってしまう。まるでウサギが姿を消したように錯覚してしまい、捕食者は追跡の足を鈍らせてしまう。

 色の明暗を用いて捕食者を混乱させる戦略は、「フラッシュ行動」として広く知られている。ウサギに襲いかかる捕食者が視力に優れていることを思えば、アナウサギやワタオウサギがその盲点を突いて翻弄していたとしても驚きはない。

 おそらくウサギが尻尾を振るのは、複合的な理由によるものだ。「血縁者に危険を知らせ」つつ、「捕食者に諦めるよう訴え」かけ、しつこい相手には「錯覚をもたらす」。どれかひとつではなく、そのどれもが同時に働いている可能性がある。ウサギの尻尾はいくつもの仕事を効率的にこなしてくれる、優れた”情報器官”なのかもしれない。

母性が選んだ静かなる偽装工作、巣への立ち入りを制限する合理的な育児のジレンマ

 トウブワタオウサギは繁殖のダンスを踊り終えると、すぐに交尾へ移る。そして1ヶ月も経つと、メスは出産の時を迎える。だがその前に巣を用意しなければならない。普段、捕食者から隠れるための簡易的なくぼみではなく、子どもたちが寝床としても利用できる家が欲しい。

 母親は隠れるのに適した茂みを見つけると、そこに枯草を積み上げていく。ただし前脚があまり器用ではないので、ごく少量の枯草を口にくわえて運ぶことになる。何度も行ったり来たりして巣を整えていく。ウサギにとって巣作りは重労働なのだ。

 ベッドにはタオルケットも欠かせない。母親は自らの腹毛をちぎり取ると、集めた枯草へ敷き詰めていく。ウサギの毛は雪に埋もれても耐える最高の防寒具だ。母親の暖かな毛は、生まれてきた子どもを包んで保温してくれるだろう。

 代償として母親の腹毛は薄くなってしまうが、これはむしろ好都合だ。腹部がむき出しになれば、子どもが乳首に吸いつきやすくなる。速やかに授乳を終えられるようになり、捕食者から見つかるリスクも減らせる。

 だが悲しいことに、トウブワタオウサギは半数以上が生後1ヶ月以内に死亡してしまう。ほとんど無力な状態で生まれてくるため、捕食者や災害に対応できないのだ。しかも年中無休で出産されるため、子兎が見舞われる不幸もバリエーションに富んでいる。

 もし急なスコールで巣穴が崩壊すれば、子兎は水流に流されてしまうだろう。あるいは厳しい暑さが干ばつを引き起して、子兎を脱水症状へ追い込むかもしれない。積雪が激しい大寒波の元で生まれた場合はどうだろうか。母親の用意してくれたベッドすら凍りつき、凍死の運命が待っている。

 もちろん捕食者の存在も無視はできない。日頃からウサギに襲いかかる捕食者だけでなく、カラスのような小さな動物にまで襲われてしまう。子どもたちははあまりにも非力で、母親の庇護なくして生き延びることは難しい。

巣に敷かれた枯草に完璧にカムフラージュするトウブワタオウサギの子兎
巣に隠されたトウブワタオウサギの子を見つけることは難しい。母親が集めた枯草に対して、完璧なカムフラージュを見せるからだ。(photo by:Matthew Bellemare)

草原の隠れ家から始まる独立の旅、多くの死を乗り越えて繋がれる次代への希望

 ところがトウブワタオウサギの母親は、そうした脅威を取り除こうとはしない。それどころか育児も最低限しか行わず、巣穴に戻るのは1日2回の授乳時に限られる。子どもはほぼ自力で生き残らなければならない。

 冷淡にも思えるが、これは母ウサギの巧妙な作戦でもある。巣穴に出入りすると捕食者に巣の位置がばれてしまう。そのリスクを最小限に抑えるのであれば、親子の触れ合いは我慢しなければならない。巣に立ち寄る頻度を減らせば、それだけ捕食者から目撃されたり、においを嗅ぎつけられたりする可能性も減る。

 母ウサギは念には念を入れて、巣を出入りする際に偽装工作も施している。あらぬ方向にジグザグ移動してから巣に戻ったり、巣穴から出てすぐに直角へ曲がったり、捕食者が監視している可能性を考慮しながら移動するのだ。これは視覚だけでなく嗅覚を混乱させる目論見もある。あたり一面にウサギのにおいが充満していれば、巣穴から漂う子兎のにおいも隠しやすくなる。

 母ウサギがこれほど注意深く巣を隠そうとするのは、ウサギの非力さゆえなのだろう。機敏に動いて捕食者から逃げおおせることはできるが、それは大人に限った話だ。また逃げることは簡単でも、撃退するとなると話は変わってくる。ウサギには武器となるものが備わっていない。せいぜい勢いに任せて突進するか、前足で踏みつける程度が関の山だ。それを捕食者に対して行うとなると、多大なリスクが伴ってしまう。

 子兎が捕食者から逃げおおせることは難しい。だからといって母ウサギが子兎を守り通すことも難しい。ゆえに母親は時につらい決断を迫られる。捕食者に発見された赤ん坊を救出せず、諦めるという決断だ。

 トウブワタオウサギの生存率は低く、成体ですら年間生存率は20%しかない。決死の覚悟で救った子どもたちが、すべて健やかに繁殖を迎える可能性は限りなく低い。それならば子兎の犠牲に構わず次の出産を待ったほうが、結果的により多くのウサギを次世代へ残せるようになる。母親は時に合理的な判断を迫られ、泣く泣く子どもの命を諦めることになる。


 幸運が味方すれば、子兎もいつしか走り回るほどの成長を見せるようになる。生まれつき濃い色合いの毛皮は、枯草のカムフラージュとなって捕食者の目をごまかしてくれる。母親の注意深さも相まって、そう簡単に巣が発見される心配はない。

 とはいえ捕食者が目ばかりに頼るとは限らない。たとえばヘビやオオトカゲはにおいで獲物を感知できるので、巧妙に隠されている巣もすぐに発見してしまう。一目散に巣へ飛び込めば助かるかもしれないが、やはり運に頼るところがある。

 そうして生後7週間ほどで離乳を迎えると、兄弟同士で混雑した巣に辟易して、若者たちは巣を飛び出していく。あと1~2か月もすれば、彼らも繁殖を望めるようになるだろう。多くの死を乗り越えた先には、より多くの生があると信じたいものだ。


参考動画