飢えと寒さの地にぬくもりを ホッキョクギツネ

食肉目

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photo by:U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters
ホッキョクギツネ(Arctic fox)
分布:北極圏ツンドラバイオーム(カナダ、ロシア、アイスランドなど)
生息域:ツンドラ、森林、流氷、海岸
体長:41~68㎝(頭~胴)、30㎝(尾)
体高:25~30㎝
体重:1.4~9.4㎏

高級ギツネは凍てつかない

 真冬に昇る太陽はあまりにも弱々しい。年間を通してもっとも日照時間が短く、また太陽との距離が遠くなる季節であるために、気温もどんどん下がってしまう。そうして防寒具が手放せない、億劫な日々が始まるわけだ。

 だが太陽が大地を照らしてくれているだけ、まだマシなのかもしれない。ホッキョクギツネが暮らしている亜北極では、太陽が何ヵ月も姿を現さなくなるのだから。

 亜北極は地軸の影響をもっとも受けやすい地域のひとつだ。ご存じのとおり、地球は太陽に対して23.5°傾いたまま自転している。この「傾いている」という概念こそが地軸であり、亜北極を太陽が昇らない極寒地へ至らしめる要因となっている。

 バーベキューの串焼きを想像してみるとわかりやすいだろうか。串を水平状態―――つまり傾き0°で網に乗せた場合は、バーベキューの材料すべてに火が通る。だが串を持ち上げてしまえば、持ち手側の材料は火から遠ざけられて生焼けになってしまう。同じような理屈で、地軸を傾けると極地は太陽から遠ざかり、太陽熱が届きづらくなる。

 まして地球は球状に膨らんでいるため、地軸を傾けると地球そのものが遮蔽物となり、極地を太陽から隠してしまう。太陽熱どころか太陽光すら届かない、-40℃の薄暗い季節を誕生させるわけだ。


 しかしそのような環境においても、ホッキョクギツネは平気な顔で暮らしている。彼らは寒さに滅法強く、気温が-70℃を下回るまでは身体が震えることすらないのだという。

 モコモコと暖かそうな毛皮は見た目だけでなく、実際に優れた防寒能力を秘めている。毛皮業界において、ホッキョクギツネは「高級ギツネ」として扱われている。キツネ類の中でもっとも”もつれやすい”毛皮とも称されており、それはつまり毛がとても長く、密に生えていて、柔らかな質感をしていることを意味している。冬を過ごすコートとして上等であることは言うまでもない。

 多くの場合、動物の毛皮は2層構造からなる。ひとつは”保護毛”と呼ばれる、弾力性や耐水性に優れている毛からなる層だ。その名の通り、動物の表面をおおって外気や水気から身を守ってくれる。

 もうひとつは保護毛に隠れるように生えている”下毛”であり、こちらは防寒の要となっている。短く柔らかい毛をビッシリと生やすことで、空気を逃がさず毛皮へ閉じ込めるのだ。この空気層があるおかげで、動物たちは体温が外気へ逃げる、あるいは外気が体温を奪うことを防いでいる。

 ホッキョクギツネの場合、下毛が特に発達しており、その長さは3.8cmにも及ぶ。たとえ息を吹きかけても、生え際がさらされないほどの厚さだ。

 またアカギツネの毛皮が下毛を50%しか占めていないのに対して、ホッキョクギツネの毛皮は下毛が70%を占めている。冬になるとさらに割合は増し、下毛が97%に達することもあるのだという。彼らがいかに防寒へ力を入れているのか、うかがい知れるというものだ。

 さらに防寒対策は足先にまで及んでいる。彼らはイヌ科で唯一、足の裏まで毛を生やしている動物であり、その見た目から「ウサギ足のキツネ」とも呼ばれている。彼らの種小名(Vulpes lagopus)に用いられるlagopusとは、古代ギリシャ語の「ノウサギ」と「足」を複合させた言葉なのだ。

 おもしろいことに彼らの足は、生理的な防寒対策も凝らしてあるらしい。”冷え性”対策だ。手足のように細い部位は防寒を施しづらく、外気に触れるとすぐに冷たくなってしまう。それはホッキョクギツネでも避けられるものではなく、彼らの手足もやはり冷えるままになっている。何も対策を施さなければ、凍傷になっても不思議はない。

 だが彼らが凍傷に苦しむ様子はない。逆流熱交換―――足で冷やされて冷たくなった血液を、体幹から流れてくる温かな血液で温めるシステムを採用しているからだ。足から体へ昇っていく血管と、体から足へ下っていく血管を隣り合わせることで、彼らは効率よく足を温めている。そうして足が凍傷を起こさないギリギリの温度を保っているのだ。

 熱を奪わせない工夫はまだある。彼らは耳や鼻といった露出部を小さくして、体温が外気へ逃げるのを極限まで抑えている。アカギツネでは「放熱しやすい部位」の割合が33%に上るのに対して、ホッキョクギツネではそうした部位が22%まで抑えられているのだという。

睡眠時はさらに尻尾で頭をくるみ、露出部を少なくしている
(photo by:Rama)

なんでも食べる、たくさん蓄える

 興味深いことに、ホッキョクギツネは遺伝子レベルでも越冬対策を施している。特に影響が大きいのは、脂肪酸の代謝に関与している「GLTPD1」と、グルコース代謝と関わりがある「AKT2」という2種類の遺伝子だ。体内のエネルギー物質をあまり分解しないで暮らすためにも、これら遺伝子を用いて代謝活動を抑えている。冬の基礎代謝率は、夏に比べて63%ほどしかないとの試算もある。冬眠こそしないが、彼らの体はほぼ冬眠しているに等しい状態で保たれているわけだ。

 しかし代謝を抑えるだけでは、完璧な飢餓対策とはいえない。無い袖は振れないのだ。いくらエネルギー消費を抑たからといって、元となるエネルギーがなくなってしまえば、結局は飢え死にしてしまう。

 それゆえに彼らは、精力的に貯蓄を増やそうともする。夏から秋にかけてはひたすら狩りをこなしていき、過剰なまでに獲物を腹に収めていく。そうして冬が始まる頃には、脂肪だけで15740kJものエネルギーを体に蓄えられるのだという。ちなみに彼らが1日に必要とするエネルギーはおよそ471kJほど。何も食べずとも1カ月は暮らせる計算となる。

 だが亜北極の冬は長い。1カ月程度の蓄えではすぐに尽きてしまうだろう。そこで彼らは、エサを埋めておいて貯蓄することも思いついた。たとえばカナダで暮らしているホッキョクギツネは、ハクガンから卵を盗んでは埋める生活を送っている。新鮮な卵であれば、1つ食べるだけで816kJを賄える。保存食としては破格の栄養価といえるだろう。しかも殻に包まれているおかげで長期間の保存にも適している。蓄えに余裕があるキツネは、夏の間に集めた卵を、春の訪れとともに消費する―――およそ1年間も卵を保存しておくことがあるのだという。


 彼らは見つけたものは何でも食べる。主な食事はレミングやハタネズミといった齧歯類だが、ノウサギやライチョウを狩ることもある。また雪原を離れて海岸近くで暮らしているキツネは、海鳥やその卵、魚を食べて暮らすこともある。

沿岸部では魚も食べる。毛皮は茶色いがこれもホッキョクギツネだ。季節の換毛・遺伝子の違いにより、純白ではない毛が生えることもある。
(photo by:Hillebrand Steve)

 雪が深くなると幼いワモンアザラシも狙うようだ。とはいえホッキョクギツネは大人でも飼い猫ほどのサイズにしかならない。産まれた時から中型犬ほどの大きさがあるアザラシを仕留めるのは至難の業だろう。氷上にうっかり取り残され、雪に埋まって身動きが取れないアザラシを見つけるなどのレアケースでもない限り、彼らの狩りが成功することはない。

 だが労せずアザラシにありつけるケースもある。オオカミやホッキョクグマが食べ残したアザラシを恵んでもらうケースだ。特にホッキョクグマには大いに期待しているようで、40km先から残飯のにおいを嗅ぎつけて近づくこともある。まだアザラシを捕まえていないホッキョクグマに付きまとうこともあり、時には近づきすぎて前脚で蹴られてしまうのだとか。雪がクッションになるので大事には至らないが、心臓に悪い光景だ。

レミング依存症のキツネ

 もちろん食べ残しばかりを狙うわけではない。むしろ食事のほとんどは、自分で狩ったレミングで賄っている。あまりにレミングへ依存するものだから、「レミングギツネ」と称されるほどだ。

 レミングは齧歯類の例にもれず、爆発的なまでに増えていくネズミだ。植物と見れば何でもエサにしてしまい、果実、新芽、葉や茎に飽き足らず、根や樹皮も齧ってエサにしてしまう。その貪欲さをすべて繁殖力に変え、地面を覆い尽くさんばかりに数を増やしていく。

 寒さにも強い。レミングは雪下にトンネルを掘り、そこに潜みながら暮らしている。簡易的な”かまくら”をつくり、吹雪をやり過ごしている。

 しかし増えるに任せるとはいかないようで、レミングには3~5年周期で激減するタイミングが訪れてしまう。急激に増えた反動でエサが喰い尽くされてしまい、増えすぎたレミングたちも餓死するのだろう。

 おもしろいことにホッキョクギツネもまた、レミングの激減に合わせて数を減らすのだという。時期にズレはあるものの、個体数の増減サイクルも一致する。食事の大半をレミングで賄っていることの証左であり、「レミングギツネ」たる由縁にもなっている。


 彼らの狩りはまず嗅覚から始まる。46~77㎝雪下に隠れているレミングを嗅ぎ取り、大まかに位置を突き止めるのだ。

 次いで聴覚に出番が回ってくる。キツネにしては小さな耳ではあるものの、足元でレミングが雪掘りする音を聴き取るには十分だ。首をかしげるようにして耳を地面に向け、レミングが立てる音からその位置を割り出していく。

 相手に気づかれないまま攻撃する機会を得られるのだから、ホッキョクギツネのレミング狩りは優位に進んでいく。だが小さな身体で雪を数十㎝と掘り進めるのはラクではない。掘っている隙に獲物が逃げてしまうことは避けたいところだ。そこで彼らは”埋まる”という画期的な手段を講じた。その場でピョンと高く跳び、落ちる勢いそのままに頭から雪へ突っ込むのだ。

 上半身がすっぽりと雪に埋もれてしまうが、この方法であれば「雪を掘ること」と「レミングに噛みつくこと」を両立できる。レミングは逃げる隙も与えられず、ホッキョクギツネの口へ収まるしかない。逆立ち状態から後脚をバタバタさせて頭を起こす姿は可愛らしくもあるが、レミングからすれば悪魔的な狩人に映るだろう。


 こうして一方的な狩りは続いていく。1日で90匹ものレミングを仕留めたキツネもいる。食べきれないレミングは土に埋めておけば、冬をやり過ごす際に保存食として利用できる。

 彼らは食事の大半をレミングに頼っているため、レミングが姿を消せば飢えて苦しむことになる。だが座して死を待つわけにはいかない。彼らはレミングの不在を感じ取ると、新天地を目指して移動を始める。中には大陸横断を試みる者もいる。

 とあるホッキョクギツネは21日間で1512㎞も移動した。これはGPSを装着させてスヴァールヴァル諸島で放した、1歳のメスによる記録だ。彼女は島を出ると海氷を渡り、まずはグリーンランドを目指した。1日平均72㎞もの距離を移動して、北極海を横断したのだ。グリーンランドに到着してからも旅は続き、GPSが破損するまでの76日間で、さらに3506㎞を移動したのだという。1日で155㎞ほど移動する日もあった。

たくさん産んで、急いで育てる

 繁殖期が近づいてくると、彼らは故郷に帰ってくる。パートナーを見つけて、子育てに励むためだ。彼らは一夫一婦制を良しとしており、毎年同じパートナーと再開する。そして巣穴を共有すると、子育ても協力して行う。

 ホッキョクギツネは肉食動物に珍しく、”多産多死”の戦略をとっている。最大で25匹もの子を1度に産んだキツネもいた。これはイヌ科のみならず、食肉目すべてにおいて最多の産子数となる。

 悲しいことだが、最初の冬を越せるホッキョクギツネは4匹に1匹しかいない。寒さや飢えに苦しまされるだけでなく、彼らには天敵も多いためだ。イヌワシ、クズリ、ハイイログマ…。どこにいても肉食動物から狙われてしまう。特にアカギツネは危険な相手で、場所によってはホッキョクギツネだけを食べて暮らしている。

 そうして多くが”間引かれてしまう”からこそ、ホッキョクギツネの母親はたくさんの子を産む。そのほとんどが命を落とすと知っているからこそ、数の利で押し通そうとする。


 パートナーと出会えたキツネたちは、まず巣を構えようとする。十数匹からなる家族が暮らせて、さらに外敵から身を隠せるような巣穴が好ましい。広い住居を求めるあまり、彼らは1000㎡にも及ぶ複雑なトンネルに潜むこともあるのだという。

 迷路のようなトンネルは、たとえ外敵が侵入してこようとも、ホッキョクギツネたちが逃げ出すまでの時間を稼いでくれる。あるいは100を超える入口を設けておけば、地上のどこで襲撃されようとも、すぐさま巣穴へ逃げ込める。もし熟練のアカギツネに狙われたとしても、高級住宅のセキュリティが追い返してくれるわけだ。

 こうした巣穴はとても貴重なので、毎年使用され、世代を超えて受け継がれていく。そしてこの習性が意外な”副産物”も生み出しているそうだ。いわく、彼らの老廃物が巣穴のまわりに生えている植物へ肥料としてはたらき、植生を豊かにしているのだという。

 その様子から、ホッキョクギツネの住まう土地は「ツンドラのオアシス」と称されることもある。時が経てば、繁茂している植物を求めて草食動物が集い、巡り巡ってホッキョクギツネのエサとなるだろう。生態系が循環により保たれていると意識させられる瞬間だ。

photo by:Alaska Region U.S. Fish & Wildlife Service

 さて、ホッキョクギツネの母親は巣穴を見つけて子を産んだ後も、3週間ほど巣穴に籠ったまま生活する。食事を用意するのは父親の役割らしい。母親の分もエサを狩り、巣穴へ届けては狩りに戻る生活を送っている。そうして母親は巣から一歩も出ることなく、子供たちに母乳を与え続ける。

 子供たちが肉を食べるようになると、母親も食糧調達へ出かけるようになる。夫婦そろって狩場と巣穴を行き来して、子供たちにエサを運び続ける。ただし狩りは単独で行う。レミングや鳥の卵など、わざわざ協力せずとも得られる小さなエサを狙うためだろう。

photo by:Nigel Harper

 そうして甲斐甲斐しく子供の世話をしていく季節も、そう長くは続かない。6月から9月にかけて育児を済ませると、夫婦は子供たちを巣から追い出してしまう。やがて長い冬が訪れる。それまでにキツネたちは、親子ともども冬支度をしなければならない。

 雪が降り始めると、狩りの腕を試されるようになる。未熟なうちはレミングを捕まえるのも一苦労だ。雪上は柔らかいとはいえ、頭から落ちていくのはやはり恐ろしい。幼いキツネは、高く跳びはするものの、雪上を前脚で踏むばかりで、頭を雪に着けようとはしない。意を決してようやく頭を付けた時には、レミングも逃げてしまっている。狩りはなかなか成功しない。

 プールに潜るのを怖がる小学生のようで微笑ましくもあるのだが、過酷な季節を乗り切るには怖がってもいられない。彼らは少しずつ勇気を出していき、それに見合うだけの技術も備えていく。そうして一端のレミングハンターに成長して、まだ見ぬ困難に立ち向かっていくのだろう。




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