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photo by:jmarti20 |
分布:東アフリカ、南アフリカ
生息域:森林、サバンナ、水辺
体長:110~130㎝(頭~胴)、25~40㎝(尾)
体高:70~92㎝
体重:40~76㎏
誰からでも狙われてしまう獲物代表
もし動物に生まれ変われるとしても、インパラになりたいと思う者はいないだろう。彼らはあらゆる捕食者から狙われている。チーターから速度勝負をしかけられ、リカオンにしつこく追い回され、茂みに隠れようとしてもライオンが跳びかかってくる。
地上を歩くとハイエナに生きたまま喰われるかもしれず、木陰で涼を取ろうとすればヒョウが落ちてくる。かといって川へ逃げ込めばワニが引きずり込んでくる。あるいは激高したカバが噛み殺そうとするかもしれない。
インパラはあまりにも過酷な世界で生きている。どこにも逃げ場はなく、絶えず命の危機に脅かされている。
捕食動物たちの目にはインパラが魅力的な獲物に映るのだろう。インパラは枝肉収支が高い動物としてもしられている。要するに肉付きが良いので、捕えるとお腹いっぱい食べられる。
また味も素晴らしい。アフリカでは現地住民や観光客がインパラを日常的に消費しており、その味も周知されている。曰く、インパラの肉は「ほのかな甘みとほどよい歯ごたえ」が絶妙にかみ合っていて―――つまり牛肉のような旨味を堪能できるらしい。
量が多くて味も良いのだから文句のつけようもない。多くの捕食動物が夢中になってインパラを追いかけることにも頷ける。
インパラはシカに似た姿をしているが、分類上はシカ科ではなくウシ科に属してる。またウシ科の中でも特に、「レイヨウ」の仲間と見なされることが多い。
レイヨウは生物用語のひとつであり、分類に困るようなウシ科動物をひとまとめにした言葉だ。飼い猫ほどの大きさしかないディクディクから体重1トンに迫るエランドまで、実に90種以上のウシ科動物が属している。
中でもインパラは、「社交的なレイヨウ」として知られる。同種内で3種類の群れをつくり、それぞれ「繁殖期のなわばりオス(ハレム)」、「オス同士の小集団」、「メス同士の少~大集団」に分かれて暮らしている。
仲間だけでなく他の動物とも交流する
繁殖期になるとオス同士で争うが、それ以外の時期ではなわばり意識をもたず、むしろオス同士で交流することもある。特に、力関係が明確なペアでは協力関係を築きやすい。若いオスと老いたオスがお互いに毛づくろいをして、ダニ退治する姿も目撃されている。
レイヨウは通常、群れをつくっても互いに交流することはない。インパラのように、互いを意識して行動するケースは珍しいといえる。おそらくダニ退治を重視するのだろう。彼らは尻尾を盛んに動かして、お尻にダニが付かないようにもしている。
ダニはごく小さな生物だが、放っておくと深刻な病症を引き起こすこともある。ペットや人間に見られる症状から考えると、インパラも「ダニ麻痺」に苦しむおそれがある。
これはダニの唾液が神経毒としてはたらき、筋力低下や食欲不振による衰弱を引き起こしてしまう症状だ。後脚を麻痺させることもあり、肉食動物がはびこるアフリカでは命取りとなりかねない。
ダニを丁寧に処理する目的だろうか。インパラはウシツツキと共生関係にあり、ダニや寄生虫を食べてもらっている。
この鳥は耳掃除も得意とする。インパラの頭へ乗っかると耳垢やフケも食べ始め、病気の予防だけでなく身だしなみまで整えてくれる。
耳掃除を受けるインパラはくすぐったそうに耳をはためかせ、両者の関係性は良好に見える。インパラは健やかな生活を送ることができ、ウシツツキも手早く食事が得られるというwin‐winな関係を築いているわけだ。
だが実のところはどうなのだろうか。観察される状況によっては、ウシツツキはむしろ悪者に映ることがある。わざとインパラの傷をえぐって血液や肉片をのんだり、毛をちぎって巣の材料にしてしまうウシツツキも目撃されている。
時にはインパラの上で眠ることもある。何か食べてインパラを喜ばせるでもなく、都合のよいマットレスにしてしまう。容赦なく顔や耳をつつくことも、見方によってはストレスとなり得るだろう。実際、他のレイヨウやゾウは、積極的にウシツツキを追い払おうとすることもある。
もしかするとインパラも理不尽を許容しているだけで、我慢強く生きているだけなのかもしれない。
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インパラはウシツツキが頭に乗っても気にする様子がない (photo by:mitchbwilder) |
インパラの社交性は、他の草食動物との間でも遺憾なく発揮される。特にゾウとの関係性はインパラにとって恩恵に満ちている。
ゾウはその強靭な力で木の枝をへし折り、地面に落としてくれる。インパラとしてはありがたい話だ。落ちた枝から葉っぱをむしり取ることができるのだから。
またゾウが枝を折ってくれるおかげで、その場所に日光が差し込むようになる。地面から新しい草が生えやすくなれば、いつか餌場として利用できるだろう。
インパラにとってゾウは、食事を提供してくれるだけでなく、将来の食事も約束してくれる頼もしい友人なのだ。
もちろんゾウだけでなく、インパラはシマウマや他のレイヨウとも共存可能だ。そこにはある種の成熟した無関心が存在しており、誰が集まってこようと騒ぎ立てる者はいない。少なくとも攻撃的な意思はみられない。
異なる種類の草食動物が集まることには、生存上のメリットもある。たとえば”物量作戦”を取れるようになる。多くの目が周囲を警戒するので、誰かが捕食動物を見つける確率も上がり、その情報は多くの動物たちに共有される。
あるいは狙いを分散させやすくもなる。群れが大きくなれば的もそれだけ増えるため、捕食者からすれば誰を狙ってよいのかわからない。群れ全体としては「襲われる」という事実は変わらないのだが、それが「自分」となる確率は大幅に減らせるわけだ。
一緒にいるというだけでメリットを享受できるのだから、これほどお得な集まりもない。敵対しないという消極的な協力体制を敷くことで、インパラたちはより豊かで安全な生活を送っている。
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photo by:Jürgen_Bierlein |
短距離走も長距離走もお任せあれ
たとえどれだけ捕食動物が押し寄せてこようとも、インパラは逃げることを諦めない。驚くべきことに、彼らは短距離走と長距離走の両方を使いこなせるのだという。
その秘密の一端は、彼らの筋肉に含まれる”嫌気性酵素”の量にある。嫌気性とは「空気を嫌う」、すなわち「酸素がなくても動かせる」という意味だ。激しい運動によって酸素が不足したとしても、筋肉に蓄えておいたエネルギーを消費することで、運動を持続できる。
いわゆる”無酸素運動”のときに活躍する酵素であり、インパラはこの嫌気性酵素を人間の4倍も備えている。そのおかげもあり、襲われても瞬時にトップスピードまで速度を引き上げ、時速63.7キロのまま走り続けることができる。
だがネコ科動物と速度勝負をするのは、分が悪い賭けになるかもしれない。たとえばチーターは人間の9倍もの嫌気性酵素を持つ。インパラよりはるかに優れた短距離走行が可能だ。
しかしチーターは持久力に劣るという弱点を持つ。そこでインパラは短距離走だけでなく、長距離走にも力を入れ始めた。嫌気性酵素と対を成している、”好気性酵素”も積極的に利用するようになったのだ。
こちらの酵素は、酸素を用いて効率的にエネルギーを取り出し、長時間の運動を可能にしてくれる。いわゆる”有酸素運動”に不可欠な酵素であり、インパラは人間の長距離ランナーに匹敵する酵素活性をみせるのだという。
チーターの瞬発的な猛追も長くは続かない。数秒だけ凌ぐことができれば、その後は体力勝負に持ち込むことができる。はじめのうちは全力疾走して距離を詰められないように走り、相手が疲れ始めると持久走に切り替えて、詰められた距離を一気に突き放すのだ。
このようにインパラたちは、有酸素運動と無酸素運動を巧みに組み合わせることで、捕食者から生き延びるための戦略を実現していた。
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ただしいつも逃げ切れるとは限らない。インパラの子は特に生存率が低い (photo by:Pixabay) |
「ストッティング」で捕食者とも仲良くする?
インパラは時に、非効率としか思えない独特な逃げ方を見せる。「ストッティング」と呼ばれるその行動は、走っている最中、弧を描きながらジャンプすることで始まる。
空中でお尻を上げたまま着地体勢に入ると、彼はまず前脚だけを着地させる。そして後脚は、空中で蹴るような動作を経てから着地する。
この一連の動作は、ただまっすぐ逃げるよりも、空中で弧を描く分だけ移動距離が長くなってしまう。それはつまり捕食者に距離を詰めさせてしまうことを意味する。
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ストッティング中のインパラ。空中へ身を放り出すように跳ねる (photo by: Yathin sk) |
なぜインパラはわざわざリスクを冒してまでこのような行動を取るのだろうか。ストッティングには何か見えないリターンが隠されているのだろうか。
有力な説のひとつに、「元気をアピールしている」というものがある。力強く跳ねることで、そのインパラは元気であり、捕まえるのに手間がかかると暗に示しているという説だ。
それを見た捕食者が「面倒臭い」と感じれば、他の弱そうなインパラに狙いを変えるかもしれない。つまりストッティングで一時的に追いつかれるリスクよりも、ストッティングで捕食者が諦めてくれるメリットのほうが勝り、結果的に生存率も高まるわけだ。
この説を裏付ける証拠もある。チーターはストッティングをするインパラに対して、追跡を諦めることが多いのだという。また、実際にチーターがストッティングをするインパラをそのまま追いかけても、その狩りはほとんど成功しない。
一方で興味深いことに、インパラはリカオンに対してはストッティングをほとんど行わない。リカオンは獲物を短距離でしとめるチーターとは異なり、獲物を延々と追い回してくるタイプの捕食者だ。そのため、ストッティングで元気を証明しても、それ以上に元気であるリカオンには効果がないと考えられる。
またリカオンは速さ勝負をしかけてこないので、ストッティングで瞬発力を誇示しても意味がない。無意味な行動をするくらいならば、そのまま一直線に逃げ続けたほうがマシだ。
インパラは追いかけてくる相手の種類に応じて、その逃走方法を使い分けている。ストッティングもそのひとつに過ぎないのだろう。
あるいはストッティングで捕食者とのコミュニケーションを図るのかもしれない。
インパラはストッティングによって、「僕を狩るのは面倒だから止めときなよ」とメッセージを送り、捕食者から逃れる。チーターはそれを受け取り、「じゃあ他のインパラを追いかけるよ」と、そのインパラを諦めて体力消耗を避ける。
このように、ストッティングはインパラとチーターの間で、win-winな関係を築くための伝達手段として機能している可能性がある。
重要なのは、インパラの世界には”オオカミ少年”がいないということだ。ストッティングをするインパラは、確実に高い走行能力をもっている。
もし嘘をつくインパラが現れた場合―――実際には弱っているのにストッティングをした場合、捕食動物はすぐにその行動を無視するようになるだろう。そうなれば、ストッティングはデメリットしかない無意味な行動と化してしまう。
ストッティングの価値を保つためにも、インパラは”誠意”をもって捕食動物との対話に臨んでいるのではないか。無駄を避けるために無駄に走るという一見矛盾した戦術は、もしかすると高度な社会性を持つインパラならではの、洗練された生存戦略なのかもしれない。
メスを集めて決闘に明け暮れるオス
健やかに草木が伸びていく5月頃、インパラたちは劇的な変化を遂げる。体内のホルモンバランスが急激に変化して、繁殖期に適した心身へ整えられるのだ。
特にオスのインパラは男性ホルモンの量が2倍にもなり、誰もが攻撃的で恐れを知らず、それでいて衝動的な性格になってしまう。また首回りの成長が促されるため、見るからに首が太くなるオスもいる。
インパラの世界では、1頭のオスがメスをたくさん集める一夫多妻制を採用している。ハレムとも呼ばれるこの群れは、やはりオスが起点となる。実力に自信があるオスはなわばりを形成し、手当たり次第にメスを集めていく。衝動に突き動かされるまま、ただひたすら異性にアピールを重ねるのだ。
しかし寄ってくるのはメスばかりではない。集めたメスたちを狙って、ライバルのオスもやってくる。
それが若いインパラであれば問題はない。少し脅かしてやればすぐに逃げていく。からだや角の大きさ、ケンカ経験の有無といった差は覆しがたいもので、若者がなわばりオスに挑むのは無謀でしかない。
インパラは1年ほどで性的に成熟するのだが、オスが実際にハレムを守り通せるようになるまでは約4年かかるという。その間にたくさん食べ、角をぶつける訓練を積み、捕食動物の襲撃から生き延び続ける。苦境に身を置いて心身を鍛え上げなければ、一人前のインパラにはなれない。
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photo by:nicolo_dona |
なわばりオスは時に、熟練のオスからも襲撃を受ける。大きさが互角で威嚇にも手ごたえがなければ、もやは和解は不可能だ。角と角をぶつけ合って、どちらの実力が上なのかを知らしめなければならない。
インパラの角は”洞角”になっている。頭蓋骨から骨質の核を伸ばして、それを包み込むように角鞘―――タンパク質やケラチンが角質化した鞘構造で覆っていく。
もし角鞘だけを抜き取ると、インパラの角は中身が空洞状になる。このことから空洞の角、すなわち洞角という言葉が生まれた。洞角はもともとが皮膚なので、人間が髪や爪を伸ばすように、生涯にわたり伸び続けていく。いずれは美しい弧を描いた”竪琴状”に成長するだろう。
多くのメスが見守る中、熟練のオスたちは鍛え上げた角と角をぶつけ合う。乾いた打撃音があたりに響き渡わたれば、そのケンカの激しさがメスにも伝わるだろう。やがて敵わないと判断したオスは逃げ去り、その強さが認められて、メスも安心して身をゆだねるようになる。
交尾を終えたオスはハレムを解散させて、ようやく重責から解放される。繁殖期にあるインパラのオスは、毛づくろいや飲食を放棄してまでハレムを維持しようとするので、交尾を終えた頃にはボロボロになってしまう。
解放感と空腹感が一緒くたになり、彼らは無心で草を食み始める。後のことはメスにお任せだ。半年もすると母親は子を出産し、献身的な世話を始める。
インパラの子どもは生まれて30分もすれば立ち上がり、母親の後を必死に追いかけるようになる。そして数日もすれば、あたりを走り回るようになるだろう。未来のスプリンターが花開く日はそう遠くない。
参考動画