果物好きは樹上に香り放つ ビントロング

食肉目

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こちらを見つめるビントロング。毛の荒いアライグマのような姿をしている
photo by:Tim Strater
ビントロング(Arctictis binturong)
分布:南アジア、東南アジア
生息域:森林
体長:61~96.5㎝(頭~胴)、50~84㎝(尾)
体高:樹上生活ゆえに記述なし
体重:9~20㎏

胃をキッチンにして細菌で料理する動物、ビントロング

 ポップコーンのにおいはあまりにも魅力的だ。パラリと塩を振ってひとつ噛めば、サクサクふわふわの不思議な食感が襲ってくる。かすかな油分と塩気が合わさって、口の中で弾けるような旨味を醸してくれるだろう。

 映画館や遊園地の隠れたヒーローに敵うにおいは中々ない。だが自然界にはこのポップコーン臭をまといながら暮らしている、羨むべき動物がいる。今回の主役、ビントロングだ。

 彼らは尻尾の付け根に臭腺を備えており、そこから”香ばしい”においを放つことができる。その正体は「2-アセチル-1-ピロリン」という揮発性物質であり、彼らの胃に住み着いている細菌によってもたらされている。

 このにおい物質はメイラード反応によって生じる化合物でもある。高温により糖とアミノ酸が反応して茶褐色の物質が生み出される現象であり、たとえば料理に美味しそうな”焼き色”をつけてくれる。

 身近なところではパンケーキの完璧なキツネ色や、それに垂らして味わうカラメル、肉が焼けるとステーキ色に染まることなども、メイラード反応に数えられる。ポップコーンもよく見てみると、中央の核が茶色く焦げていることに気づくだろう。

 ビントロングはこの反応を胃の中で生じさせている。厳密には腸内細菌が糖とアミノ酸を材料にして、におい物質を作り出している。料理で火を使う代わりに、ビントロングは細菌を用いて料理しているわけだ。どうやら彼らの胃はキッチンとしても働くようだ。

 牛や豚など、人間が「美味しそう」に感じる動物は多いけれども、ビントロングのように「美味しそうなにおい」だと感じさせる動物は珍しい。ポップコーンのような期待感を届けてくれる彼らは、動物園の隠れたヒーローなのかもしれない。

クマでネコのイタチなジャコウネコ

 彼らはベアキャット(クマネコ)と称されることもある。パッと見では毛皮が荒いアライグマのように見えなくもないし、スルスルと木に登っていく姿はなるほどネコ科動物を思わせる。

 ちなみにビントロングの学名Arctictisは「arkt(クマ)」と「iktis(イタチ)」が組み合わさった言葉であり、これをそのまま訳すとクマイタチになる。胴部こそクマのようにがっしりとしているが、ビントロングは非常に長い尻尾をもつため、遠目にはイタチのような細長い動物に見えなくもない。また四肢が短いこともイタチのシルエットを連想させる。

 クマなのかネコなのか、はたまたイタチなのか。その答えは面白いことに、「どれも不正解」なのだという。ビントロングが属しているのはジャコウネコ科であり、しかもそれらの最大種として知られている。

 彼らのまとうポップコーンのような香りも、この科に特有の特徴だ。メイラード反応による香りづけは、他の動物には真似できない稀有な才能だといえる。


 ジャコウネコ譲りの香りづけを利用して、ビントロングは「コピ・ルアク」の生産者として人類にも貢献してくれる。喫茶店で注文すれば1杯3000円は下らない高級コーヒーの作り手として、彼らは本当の意味でも”調理”をこなしていたわけだ。

 ちなみにコーヒー豆に独特な風味を与えているのもメイラード反応によるものであり、やはり彼らの胃に住み着いている細菌たちの活躍によってもたらされている。

 ビントロングの胃腸はよほど住み心地が良いのだろう。ただのコーヒー豆をコピ・ルアクに昇華させるほどの仕事ぶりを見せてくれるのだから。

肉より果物、イチジクの生産者

 ポップコーンがトウモロコシ(爆裂種)を原料にしているように、ビントロングもにおい物質を日頃のエサから作り出している。それゆえに日々の食事を疎かにはできない。

 匂いから察するに草食動物なのだろうと思いきや、彼らは意外なほどに幅広い食の好みを表す。たとえば肉食にも抵抗感がなく、小型哺乳類、鳥やその卵なども口にする。ネズミを食べてくれるので、作物の被害を抑えてくれるありがたい存在として見られることもあるそうだ。

 とはいえ食肉はあくまでもオプションであり、ビントロングの食事はやはり植物食に偏っている。とりわけ果物には目がなく、たとえば動物園ではバナナやマスカット、桃の缶詰など多様なフルーツを与えられている。


 野生下ではとりわけイチジクにご執心のようで、イチジクの木に住み着いていることも珍しくない。種ギッシリのイチジクに齧りついて、豪快に種ごと飲み込んでしまう。

 その食べ方が影響しているのか、ビントロングはイチジクの”栽培者”としても活躍している。彼らの歯は他の肉食動物に比べると小ぶりではあるが、それでもイチジクの種を砕けるほどには鋭い。奥歯で噛み砕かれた種は糞便と共に排出され、容易に芽吹くだろう。

 あるいは彼らの腸内細菌もイチジクの種に良い影響を与える。科学的な刺激が発芽を早めるのだろう。ビントロングの糞便が肥料として働くことも相まって、イチジクの成長率はさらに加速する。

 もともとイチジクが占領している場所から離れたところでビントロングが糞をしてくれれば、イチジク同士で争って繁殖率が落ちる事態も避けられる。芽吹きを手助けしてくれるだけでなく輸送トラックとしても働いてくれるのだから、わざわざ実を差し出す甲斐もあるというものだろう。

 やがて芽吹いたイチジクも、いつか実をつけてビントロングの腹を満たしてくれる。無自覚ではあるのだろうが、ビントロングは栽培者として豊かな食生活を自作しているのだ。

熟したイチジクの画像。ビントロングの好物であり、積極的に消費される。
熟したイチジク。種が多く可食部は少ないが、密集して結実するので数を食べられる。総じて優秀な食料だ。(photo by:schleichpost0)

尾で曲芸しながらの樹上生活

 樹上のイチジクを器用に食べるためには、卓越した木登りの技術が要求される。高い木に登り、体のバランスを保ったまま実をもぎ取り、さらに実を落とさないように口へ運ばなければならない。バランス感覚だけでなく、体を支え続ける筋力も要求される。

 霊長類のように手足をうまく用いる代わりに、ビントロングは尻尾を器用に使って木登りに励んでいる。彼らの尻尾はとても太く、また体長に匹敵するほどの長さがある。枝に巻き付けて命綱にするには打ってつけの形状だろう。

ビントロングの全身骨格を見ると、その尻尾の長さに驚かされる。
ビントロングの全身骨格。尻尾の異様な長さに目を引かれる
(photo by:Polyoutis)

 尻尾は領域ごとに役割が異なるようだ。たとえば根元には筋肉がギッシリ詰まっており、体を支えるのに役立てている。その力はかなり強く、子どものビントロングであれば、尻尾1本で逆さづり状態になれるほどなのだという。

 また尻尾は先端部に向かってカールしており、枝に巻き付けやすくもなっている。「O」字型に曲がるほどの柔軟性をもつ尻尾は、様々な形状の枝に巻き付けられる。

 さらに先端部は繊細に動かすことができ、左右に”ひねり”を入れることも可能だ。細い枝であれば尻尾全体をスクリューのように巻き付けて、体全体のバランスを取ることもできる。

 ビントロングの尻尾はとにかく動作幅が広い。それゆえに両手を用いずとも体を安定させやすく、自由になった腕でイチジクを容易にもぎ取れるようにしてくれる。

 あるいは尻尾を毛布代わりにすることもある。ビントロングは食事だけでなく睡眠も木の上で取ろうとするのだが、その際には尻尾で頭をスッポリと覆い隠してしまう。この体勢はとても合理的で、夜ならば暖を取れるだろうし、昼ならば太陽のまぶしさを防ぐことができる。欠かせない”日用品”として、尻尾には様々な活躍を期待できるわけだ。

ビントロングは尻尾を頭にかぶせるようにして樹上で眠る。
枝と枝に挟まって眠るビントロング(photo by:Jinterwas)

地上は苦手なナマケモノ?

 樹の上で自由自在なポーズを取れるビントロングだが、その動きは俊敏とは言い難い。ネコ科動物のような、即座に登って即座に降りるといった即興劇は難しいだろう。

 尻尾を巻きつけて慎重に木登りを進めるので、彼らの動きは自然とゆっくりになってしまう。果物を愛する食性も相まってか、ビントロングをナマケモノと混同するケースもあるそうだ。

 その動作上、彼らは枝から枝に飛び移るといったアクティブさも持ち合わせていない。木々の距離が開いている場合は、わざわざ地上に降りて登りなおす必要が出てくる。

 なお胴部の重たさゆえか、彼らは地上での活動もあまり得意そうには見えない。クマのようにのそのそと歩き回り、走る場合には跳ねるように体を激しく上下させながら足を進めていく。残念ながら、自慢の尻尾も地上ではあまり役には立たないようだ。

尾・香・声…コミュニケーションにも積極的

 尻尾はビントロングにとって大事な商売道具だ。それゆえに手入れは欠かせない。彼らはリラックスしているとき、尻尾を頻繁に動かしたり、舐めて毛並みを整えたりする。ある意味では、尻尾が安心感のバロメーターになっていると言える。

 また特殊な例ではあるが、動物園においては彼らの”楽しさ”を表すための道具としても尻尾は活躍する。ビントロングは非常に好奇心旺盛で、人にもよく慣れる動物だ。飼育員が近づいてくると肩へ飛び乗り、尻尾を腕に巻き付けて逆さづりになって遊び回ろうとする。

 人の体をアスレチックにしながら、さらに糞尿を垂らしてポップコーン臭がする香水までプレゼントしてくれる。ありがた迷惑な話ではあるが、全身を使って楽しさを表現する姿は、見ている者も楽しい気持ちにさせてくれる。


 においもまた重要なコミュニケーション・ツールだ。ビントロングは同種に対しても寛容らしく、野生下では行動圏が被っていることも珍しくない。タイの無線機を用いたビントロング調査によると、個体間における行動圏の重複が平均35%も見られたのだという。

 この数値はない肉食動物においては異常ともいえる。むろん彼らは果実食ではあるのだが、それでも他のビントロングとのエサ争いを危惧するのであれば、ここまでの重複率はあり得ないだろう。もしかすると、彼らには縄張り意識がないのかもしれない。

 とはいえ彼らも他の肉食動物のように、自己主張―――においマーキングだけはキッチリとこなしている。彼らは尻尾の付け根に臭腺を備えているため、木登りしながら尻尾を擦りつけ、自身のにおいを残すこともできる。実に効率的なマーキング手段だ。

 そうして自分の痕跡を残しておけば他のビントロングも自分を認識してくれるはずだ。特に繁殖期であれば、そのにおいが異性を呼び込むための道しるべとして働く。

ビントロングは細い枝上でも器用にバランスを取れる。
木登りには必ず尻尾を用いるため、におい物質もごく自然に木へ付着させられる。
(photo by:SomersetPhotography)

 ビントロングは声によるコミュニケーションも盛んなようだ。たとえば苛立ちを覚えると、彼らはネコが叫ぶような甲高い声をあげて威嚇しようとする。

 もちろん友好的な発音も多い。特に繁殖期には音による意思疎通が重要で、パートナー選びを円滑に進めるための鍵にもなる。

 ビントロングは動物に珍しくメスのほうが大きく成長する。そのためかメスも積極的にオスへアピールするのだが、その方法のひとつが何を隠そう”発音”にあるのだという。

 においマーキングに呼び寄せられた異性を見かけると、彼女は鳴き声を出したり、激しい鼻息を立てたり、音でオスの注意を惹こうとする。それを機にオスも近づいてきて、同じように音を返して友好を深めていく。

 そこからさらに彼女がのどを鳴らすような音を立てればカップル成立だ。彼は彼女の尻尾を丁寧に持ち上げて、そのまま交尾へ挑むだろう。


 交尾から数か月もすると、母親は出産を迎える。ちなみにビントロングは着床遅延が認められる稀有な哺乳類でもある。彼女たちは受精卵が胎盤へ着床する時期をズラすことで、子育てがしやすい時期に出産できるように調整を加えているのだ。

 その甲斐あってか、彼女たちは効率よく子育てを進めることができる。父親の手を借りる必要も薄いので、女手一つで子どもたちを育て上げることも多い。

 とはいえ父親にも子育てに参加する権利はあるらしい。時折、母親のそばに留まって、そのまま育児を手助けする父親もいるのだという。どうやらビントロングの育児方針は、母親の寛容さだけでなく父親の熱意にも左右されるらしい。

 生まれた直後のビントロングは体重が300グラムほどしかない。これは母親の体重の約2%と、かなり頼りない重量だ。

 しかし母親の献身もあり、生後6週間もすると子供たちは早くも固形食を口にするようになる。果物を食べて栄養を効率よく摂取していけば、成長率もさらに増していくだろう。子どもたちが元気に消化活動へ勤しみ、ポップコーンのにおいを弾けさせる日も近い。

2頭一緒に吼えるように顔を上げるビントロング。仲良しだ。
動物園のビントロングは、家族と仲睦まじく過ごすことも多い
(photo by:PxHere)



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