硬いのに折れやすい?棘を軽量化して身を守るタテガミヤマアラシ

齧歯目

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タテガミヤマアラシの全身像。全身をびっしりと棘が覆うA
photo by:Anca Silvia Orosz

名称(学名)
タテガミヤマアラシ(Hystrix cristata)
分布
アフリカ大陸、イタリア
生息域
森林、サバンナ、半砂漠、高山地帯、農地
体長
45~93㎝(頭~胴 )、6~17㎝(尾)
棘の長さ
30~40㎝㎝
体重
8~27㎏

野山を荒らして回る巨大なネズミ

 ヤマアラシは江戸時代の頃には周知されていたようで、その貪欲なまでに植物を食い荒らす様子が怖れられていたようだ。「山を荒らす」からヤマアラシ。とても明快な名付けにより、ヤマアラシの名前も市井へ広まっていった。

 現代においても、ヤマアラシの食害に関する資料がよく見つかる。たとえばイタリアでは農作物の被害が甚大なのだという。いわく、南トスカーナではヤマアラシの総被害額として、年間19500ユーロ(約320万円)を提示する農家もいたそうだ。この地方ではブドウやオリーブなど高級な作物もよく育てられるため、被害額も嵩みがちなのだろう。

 あるいはアメリカでもヤマアラシは荒れているようだ。松林の22%に浸食の跡が見られ、中には完全に樹皮をはぎ取られている樹木もあった。剥き出しの木は病気や害虫の餌食になりやすく、冬の寒さにも耐えられなくなる。間接的にではあるが、ヤマアラシは木を枯死させて生態系を乱す”山荒らし”となり得るわけだ。

 こうした被害調査は、あくまでも被害総額の最大値を査定していたり、ヤマアラシの食害が認められる地域だけを調査していたり、被害想定が大きくなりがちだ。それを考えると、実際の被害はもう少し小さいのかもしれない。だが人々がヤマアラシによる野山への影響を危惧しているのは事実だ。食欲を満たすべく、彼らは野菜や樹木を齧り尽くさんと奔走している。その情熱には恐れ入ってしまう。

 それにしても、樹皮を剥がし尽くすほどの食事を取り続けて、彼らの歯は傷まないのだろうか。農作物にしても、果物の種やラッカセイの殻など、硬い質感のエサは多い。毎日のように歯を酷使してしまえば、擦り切れたり欠けたりしてもおかしくはない。

 だがこの心配はどうやら見当違いのようだ。むしろ歯を酷使しなければ、ヤマアラシは健康を維持できないのだという。というのも彼らは齧歯目―――生涯にわたり歯が伸び続ける動物であるため、柔らかいエサばかり食べていると、歯が伸びすぎて食事を取りづらくなってしまうからだ。

 これは飼育下でも同じことらしい。たとえば動物園で暮らしているヤマアラシは、金属の扉を齧って穴をあけたり、食事よりも優先して木の枝をむさぼったり、硬いものに執着を見せる。ヤマアラシにとって硬い食物は、エサであると同時に”歯ブラシ”でもあるのだろう。

 なお強度という意味でも、彼らの歯が樹皮に負ける心配はなさそうだ。歯のエナメル質には鉄分が豊富に含まれており、その強度が担保されている。またカルシウムの摂取にも意欲的で、彼ら自身は植物食であるにもかかわらず、定期的に動物の骨を齧る習性があるのだという。タテガミヤマアラシのように、骨を拾い集めて巣穴に備蓄しているヤマアラシもいるほどだ。

 歯を削るために骨を食べて、その骨を用いて歯を伸ばす。なんとも本末転倒な話ではあるが、歯を頑丈かつ長く保つためには必要な習性なのだろう。そうして彼らは樹皮や根菜を根こそぎ食べて、山荒らしとしての生をまっとうしている。

新世界ヤマアラシは毛と棘が混じり樹上生活をする
画像はアメリカ大陸に暮らす「新世界ヤマアラシ」。毛と棘が混じる風貌や樹上生活を営むなどの特徴があり、タテガミヤマアラシを始めとする旧世界ヤマアラシとは一線を画す。(photo by:minka2507)

3種の棘で自己主張、敵を撃退して異性は呼び寄せる

 ヤマアラシを語るならば、やはり全身にびっしりと生える棘に言及しなければならないだろう。その総本数は30000本とも言われ、見る者すべてを圧倒している。

 クジャクが尾羽を広げるように、ヤマアラシも背中の棘を広げることができる。原理としては鳥肌のようなものだろう。人間が鳥肌を立てるときに毛も一緒に立たせるように、ヤマアラシは筋肉の収縮によって棘を自由に立たせている。そうして体が2倍にも3倍にも膨らんだように錯覚させて、敵を牽制するのだ。

 なおタテガミヤマアラシの場合は、クジャクが冠毛を生やすように、頭にも棘を生やしている。”タテガミ”と称されるだけあってこの棘も存在感があり、やはり体を大きく見せるのに役立っている。

 タテガミは背中の棘と擦り合わせることで、音を立てるのにも使用される。ガラガラといかにも硬そうな音を響かせることで、棘が刺さるイメージを連想させるのだ。そうして敵に襲いかかるのを思いとどまらせて、ヤマアラシは不戦勝を収めてしまう。

 尻尾の棘も特徴的だ。こちらはさらに音が鳴らしやすくなっている。棘が密に束ねてあるだけでなく、太い部分同士で擦れやすくなっているので、尻尾を振るだけで大きな音を立てられる。背中で大きさをアピールしながら尻尾で音をアピールするという棘の併用も可能だ。

 なお繁殖期になると、タテガミヤマアラシは棘の音で異性を誘うこともある。仲間に対してはカサカサという甲高い音が、軽快なラブソングに聞こえるのかもしれない。

あえて完璧を捨てることで軽量化した棘

 ヤマアラシの棘は内側が空洞状になっている。これも音を立てやすくする工夫のひとつだろう。たとえば、ペットボトルを思い浮かべるとわかりやすい。水を入れたペットボトルは、叩いても鈍い音を立てるだけで響かない。だが水を抜いた状態のペットボトルを叩くと、ペキペキと甲高い音が鳴り響くようになる。空洞状とは、音を響かせるうえで実に合理的な構造なわけだ。

 空洞は軽量化にも打ってつけだ。羽のように軽やかであれば、たとえ全身に棘を生やしても身軽さは失われない。また水に浮きやすくもなるので、泳ぐのにも便利だ。実際、タテガミヤマアラシの体重は最大でも28キロしかない。見た目からすると驚異的な軽さだ。

 もし棘が空洞状でなければ、その重さもかなり嵩んでしまう。たとえば、棘すべてが長さ25cm、直径0.5cmの円筒形であると仮定した場合、以下のような重さが導き出される。

棘1本あたりの体積×30000本×棘の成分の密度=棘の総重量

{3.14159×(0.5cm÷2) 2×25cm}×30000本×1.3g/cm3=191.43㎏

 かなり大雑把な計算式だが、棘だけで190キロを超える試算となる。これだけの重量を、30キロそこらの動物が背負って歩くことは不可能だ。棘の空洞化はもちろんのこと、他にも軽量化の施策を打たなければならない。

 タテガミヤマアラシの場合、あえて”完璧な棘”を生やさない作戦によって、軽量化を試みている。たとえば頭部には、棘というには細すぎる”毛のような棘”が生えているため、大した重量にはならない。また尻尾の棘も、背中に生えている完璧な棘に比べるとかなり短く、やはり軽量化に貢献している。

 メインとなる背中の棘も形状がまちまちだ。30㎝を超える棘もあるが、ボールペンほどの長さしかない棘も多い。あるいは針金のような細い棘もよく見られる。こうして完璧とは程遠い棘を混ぜることで、タテガミヤマアラシは棘の総重量を抑えているわけだ。

ヤマアラシの背中には様々な太さ・長さの棘が密集している
背中には特に棘が密集しており、長さも最長で40センチに達する。
(photo by:Гурьева Светлана)

硬さを保つために構造が複雑化した棘

 ヤマアラシの棘は、毛と同じくケラチンから作られているただし毛に比べるとかなり複雑な構造をしているようだ。

 そもそもケラチンの質が違う。棘の材料になるケラチンは”硬ケラチン”とも呼ばれ、シスチンを豊富に含んでいる。これはジスルフィド結合―――通常よりも遥かに強いタンパク質の結びつきを誘発させるため、結果的にケラチンを壊れづらくしてくれる。つまり棘の強度も上げてくれる。

 また、ヤマアラシのケラチン分子は”らせん状”をしている。引っ張られてもバネのように上方へ伸びる余地があるため、構造が崩壊しづらいわけだ。そのおかげで棘にも弾力性が生まれ、衝撃を吸収しやすくなったり、たわませて折れるのを防げるようになったりする。

 ケラチン分子が縦方向に整列していることも、棘の強化に一役買っているようだ。ポテトチップスの袋に切れ込みが入っていると開けやすくなるように、継ぎ目をつくると物体は壊れやすくなる。逆に、構造を規則正しく整列させれば、それだけで耐久性も上げられるわけだ。

 さらにヤマアラシの棘は3層構造になっている。硬い外層、柔らかい中間層、とても硬い内層といった具合に、3種類のケラチンが組み合わさっているのだという。

 ガラスを叩くとあっさり割れてしまうように、単純な構造物は壊れやすい。だが数種類の構造を組み合わせてあげれば、強度そのものは上げられずとも、衝撃を受け止めやすくはなる。合わせガラスが割れづらくなる現象もこれだ。ガラスとガラスの間に弾力性がある素材を挟み込むと、その素材がガラスにかかる衝撃を吸収するクッションとして働き、結果的にガラスを割れづらくしてくれる。

 タテガミヤマアラシの棘にも、合わせガラスと同じような原理が働いている。外層が受ける衝撃を中間層に吸収させることで、外層や内層が壊れるのを防いでいるのだ。どうやら彼らは物理学にも長けているらしい。棘をただ硬くするだけに飽き足らず、その構造や弾力性にも目を向けて、棘の耐久力を極限まで高めている。そうして彼らの棘は、アルミ缶くらいならば容易に貫通するほどの破壊力も得たのである。


抜けやすい棘でテクニカルに撃退する

 硬くて鋭い棘は、身を守るには打ってつけだ。ただ広げるだけでも威圧感があり、今にも襲いかかってきそうな恐ろしい動物に見えてしまう。またタテガミヤマアラシの棘には、より恐ろしく見えるような”塗装”も施されている。白黒の縞模様に仕立て上げることで、棘をより目立ちやすくしているのだ。これは警戒色の一種であり、見たものすべてに本能的な危険警報を鳴らさせる。

 また前述したようにタテガミヤマアラシは音の扱いにも長けている。棘を擦れさせてガラガラと鳴らして、その硬さを直感的に理解させることができる。これも相手に危険警報を鳴らさせるギミックといえるだろう。彼らは視覚的にも聴覚的にも揺さぶりをかけて、相手の戦意を削いでしまうわけだ。

 だが自然界では諦めが悪い相手も多い。たとえばヒョウはヤマアラシが気になって仕方がないらしく、よくちょっかいをかけてくる。棘が刺さらないようにそっと前足で触って驚かそうとしたり、棘がない前方へ回り込もうとしたり、熟練のヒョウは頭脳プレイもお手の物だ。

 目を合わせずに通り過ぎて、ヤマアラシを安心させてから奇襲する作戦も立ててくる。あるいはヤマアラシの腹部には棘がないことを見越して、地面に伏したままネコパンチで足を払おうともする。もし奇襲により体制を崩されることがあれば、ヤマアラシはその腹を食い破られてしまうだろう。

 威嚇するだけでは相手が立ち去らないのであれば、実際に闘って撃退するしかない。どれだけ優れた武器であっても、使い手が未熟では宝の持ち腐れだ。ヤマアラシの棘は言うまでもなく高性能だが、それに頼るだけでなく、敵をうまく翻弄できるようなテクニックも身に着けなければならない。

 第一に、決して前を取らせないような立ち振る舞いが要求される。頭部は棘が薄く、攻撃されてしまえば命取りになるからだ。回り込もうとする相手の動きに合わせて、すみやかに方向転換する機敏さが求められる。

 体の向きも重要だ。尻尾を向けたならば、それは強固な守りとなる。背中だけでなく尻尾の棘も防壁になってくれるので、二重の防御壁で敵を向かい撃てる。あるいは横向きで接敵するのも良いだろう。この姿勢であれば、視野を確保しながら守りも固められる。もし相手が予想外の動きを見せたとしても、それをしっかり見据えながら冷静に対処できるだろう。

 時には、怪我を覚悟で襲いかかってくる無謀な敵と出くわすこともある。ヤマアラシの恐ろしさをまだ知らない若者や、空腹で気が荒くなっている捕食者などがこれに該当する。そうした相手には守るだけでなく、攻めの姿勢も見せる必要がある。後ろを向いたまま突進して、積極的に棘を突き刺してやるのだ。

 ヤマアラシの棘はとても頑丈だが、敵に刺さると根元からすぐに抜けてしまう。1度の突進で十数本と抜け落ちることも珍しくない。もったいないような気もするが、これは防御と攻撃、どちらの面でも有利に働いている。

 たとえば、ライオンなど群れで襲いかかってくる相手にも対応しやすくなる。もし棘が相手の体に刺さったままになってしまえば、そのまま身動きが取れなくなる。1頭に棘を刺せたとしても、その隙を縫って別の個体が襲いかかってくるだろう。棘の先端がうまく抜けるように祈るだけでは、命がいくらあっても足りない。どのような状況でも速やかに抜け落ちるように、根元が抜けやすく設計しておいたほうが安全だ。

 そして当然の話だが、棘は刺さると痛い。痛みを覚えた相手は慌ててその棘を抜こうとするだろう。だが引っ張った拍子に棘は根元から抜け落ちるので、単に距離を取るだけでは先端部分が刺さったままになってしまう。

 これを取り除くには、口でしっかりと咥えて引っ張ったり、前脚で勢いよくはたいたり、相応の手間がかかってしまう。そうして時間を浪費させることができれば、ヤマアラシは隙を突いて逃げおおせることができる。

 なお棘の表面には無数のギザギザがついており、皮膚に引っかかって抜けづらくなる仕組みになっている。つまり根元は抜けやすく先端は抜けづらい構造になっているため、棘を相手の体へ残しやすいわけだ。また棘を抜こうとしてもむしろ傷口へ食い込むばかりで、怪我が重症化しやすくもなる。

 痛みはますます強くなり、やがて血も流れてきて、しかも棘が残り続ける。こうして三重苦に苦しまされた捕食者は、次回からヤマアラシを慎重に相手するようになる。ヤマアラシの側からすれば好都合だろう。相手が無理に襲ってこないのであれば、対処もしやすくなる。

 抜け落ちた棘はまたすぐに生えてくるので、激しい戦闘になっても安心だ。新しい棘が伸びきる前に襲撃を受けたとしても、常に大量の棘を生やしているので、反撃の手数が足りなくなる心配もない。そうして絶えず武器を携えることで、彼らは抜け目なく身を守っているわけだ。将来さえも見据えた見事な防御システムといえるだろう。

棘を広げたタテガミヤマアラシは、体の大きさが何倍にも膨れ上がって見える
棘を広げたタテガミヤマアラシは、体の大きさが何倍にも膨れ上がって見える。
(photo by:analogicus)

物理的に寄り添うこともできる家族思いな動物

『ヤマアラシのジレンマ』という逸話を御存じだろうか。ヤマアラシは寒い日に体を寄せ合って暖を取りたがるのだが、近づきすぎるとお互いに棘で傷ついてしまう。転じて、「近づきたいけど傷つけたくない」という複雑な心理状態を表す、心理的な概念として用いられている。

 だがこの話には穴がある。少なくともタテガミヤマアラシに関しては、棘が刺さる心配など無用だ。彼らの棘はすべて後ろ側へ一直線に伸びているため、意図して棘を逆立てない限りは、横から密着しても棘が刺さる心配もない。寒いならば互いに心を許しあって、心行くまで密着すればよいわけだ。

 そもそも頭部では棘が薄いため、前から近づけば容易に触れ合うことができる。あるいは相手の許しがあれば、後方からでも問題なく密着することができる。実際、交尾期にはメスが尻尾を上げて背中の棘を押し上げ、オスが背後から近づくことを許している。背中に乗っかっても棘が刺さらないようにして、安全に交尾を進めるためだろう。

 なおタテガミヤマアラシは一夫一婦制を採用しており、子育ても共同で行うことが知られている。見知らぬ相手は容赦なく突き刺し、パートナーとは寄り添い合う。彼らの棘はジレンマを一切感じさせない、メリハリの利いた応用が可能なのだ。

 そうして絆を深め合った夫婦は、やがて絶妙なチームワークを見せるようになる。たとえライオンの群れに囲まれたとしても、彼らは怯んだりしない。パートナーと顔を向き合わせて互いに棘を展開すれば、360度すべてに棘を向けることができる。さらにその中心へ子どもを匿っておけば、いかにライオンといえど容易には手出しできない。

 棘は自分のみならず、家族を守る盾にもなるわけだ。その攻撃的な見た目に反して、ヤマアラシはとても愛情深い動物であることがうかがい知れる。

すし詰め状態になって体を寄せ合う4匹のヤマアラシ
鋭い棘も、後ろ側へ流しておけば体を密着させられる。タテガミヤマアラシは仲間に対して寛容の精神を見せるようだ。
(photo by:jdegheest)




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