死骸漁りに血まみれの喧嘩…タスマニアデビルの悪魔的な生存競争

有袋類

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大きく口を開けるタスマニアデビル。鋭い歯が生えそろう
photo by:MikeJerrardPhotography
名称(学名)
タスマニアデビル(Sarcophilus harrisii)
分布
オーストラリア大陸(タスマニア島)
生息域
森林、草原、湿地、浜辺、農地、道路
体長
50~65㎝(頭~胴 )、25~30(尾)
体高
25~30㎝
体重
4~12㎏

悪魔と称された世界最大の肉食有袋類

 人間の赤ん坊の泣き声には有無を言わせない力強さがある。力の限り叫んで精一杯に自己主張するその声は、生まれたばかりでも「生きよう」とする命の輝きを伝えてくれる。

 タスマニアデビルの声にも、幼児の叫びを思わせる力強さが備わっている。ただしその声はしわがれており、静かな夜の森によく響き渡るその声は”不気味”にも思えてしまう。

 昔の人々は、その声に有無を言わせない恐怖を感じたようだ。タスマニア”デビル”というおどろおどろしい名前のほかにも、数々の俗称が彼らを飾りたててきた。「ベルゼブブの仔犬」、「肉喰らう悪魔」、「悪魔の如き熊」…。どの名称も日本語に訳してみるとインパクト抜群だ。

 人々に恐怖を染みつかせるのは、なにも声だけではない。暗がりに溶け込む真っ黒な毛皮や、光を通すと真っ赤に染まる耳も、どこか”悪魔”を彷彿とさせる。あるいは夜な夜な死肉をむさぼる食性も恐ろしげだ。近づけば腐臭を漂わせ、さらに尻尾の付け根から刺激臭も重ねてくる。

 仲間同士で容赦なく争い、傷だらけになりながら年を重ねていく攻撃的な性格もまた、タスマニアデビルの恐ろしさを押し上げている。実際には子犬程度の大きさしかないというのに、その陰には悪魔の姿が潜んでいるように錯覚してしまう。およそ近寄りがたい存在として人々の記憶に刻まれて、彼らはオーストラリアを代表する動物としても名を馳せている。

オオカミの滅びを横目にネコを追いやるタスマニア島の勝者

 1936年にフクロオオカミが絶滅して以来、「世界最大の肉食有袋類」という称号はタスマニアデビルが授かるようになった。なおフクロオオカミが滅びた要因はいくつかあり、その多くに人類の関与が疑われている。

 もっとも直接的となる要因は、森林伐採による生息域の縮小だ。先人たちにより宅地や農地が開墾され、そのたびに動物たちの住処も失われていった。また牧場を運営する際に、家畜を襲う動物―――主にフクロオオカミが駆逐されていったことも、その絶滅に寄与したと考えられている。

 あるいは4000年前にオーストラリア大陸へ渡ってきたディンゴも、フクロオオカミの絶滅に1枚噛んでいるようだ。ディンゴは狩猟能力に長けており、フクロオオカミが獲物にしている動物を次々と狩るようになった。またその過程で、ディンゴが競合者となり得るフクロオオカミ自体を狩ることもあっただろう。

 間接的にエサを奪われ、直接的に命も奪われる。フクロオオカミがなす術もなく数を減らしていったという仮説は、なるほど真実味を帯びている。なおディンゴを持ち込んだのは人類ではないかという疑いもあり、これを認めるならば、人類は直接的にも間接的にもフクロオオカミを絶滅へ追いやったということになる。決して忘れてはならない人間の業と言えるだろう。

 フクロオオカミを襲ったこれらの悲劇は、タスマニアデビルにも多大な影響を与えた。実際、彼らもフクロオオカミと同様に数を減らし続け、オーストラリア本土では絶滅に至っている。だがタスマニアデビルは悪運が強かった。海を隔てたタスマニア島でも暮らしていたからこそ、彼らの姿は今日でも失われずに済んだのだ。

 さらに、フクロオオカミの絶滅を受けて動物保護の精神が見直され、1941年にタスマニアデビルの保護法が確立された。そして地道な保護活動が実を結び、今日でも着実に数を増やしている。ある意味ではフクロオオカミに救われた形となるが、これも彼らの悪運を思わせる事例だろう。

 今ではタスマニア島でしか見られないが、彼らの地位はとても安定している。フクロネコと競争関係にあるものの、その力関係はタスマニアデビルに優勢のようだ。エサをめぐる争いではフクロネコが撃退されがちで、エサを食べているときでさえ、タスマニアデビルの接近に気を張っている様子がうかがえる。

 また、タスマニアデビルのほうが少ないエサでたくさん行動できたり、食性の広さを活かして季節変化にも耐えたり、適応力の観点でもタスマニアデビルに分があるようだ。彼らはタスマニア島の頂点捕食者として、多くの動物を怯えさせながら暮らしている。

死肉をお掃除して回る驚愕な顎の持ち主

 デビルの称号に惑わされがちだが、彼らは小型犬ほどの大きさしかない可愛らしい動物でもある。もし人間が接近してくれば、その体格差に怯えを見せて唸り声を上げ続けるだろう。ひとつひとつの特徴は恐ろしげだが、やはり彼らも野生に生きる動物のひとつでしかない。

 だが不用意に近づくことは、やはり許されない。万が一にでも彼らに噛みつかれてしまえば大惨事になり得るからだ。

 彼らはそのサイズに反して、不釣り合いなほどに頭が大きい。それゆえに”噛みつき”に関わる筋肉をたくさん付着させることができ、また歯を強く噛みしめたとしても、その衝撃で頭蓋骨が破損してしまう心配もない。効率的に配置された歯や、噛み合わせが優れている顎も噛む力に貢献している。これらを組み合わせた結果、タスマニアデビルは骨も噛み砕けるほどの力を発揮できるようになった。

「体の大きさに対する噛む力がもっとも強い動物」とも言われており、その咬合力は176キログラムにも達する。ちなみに人間は全力で噛んでも70キログラムほどであり、まるで歯が立たない。

 さらにタスマニアデビルの顎は可動域が広く、口を80度の角度まで開くことができる。もし口に入りきれないほど大きな物体であっても、上手く喰らいついて噛み砕いてしまうわけだ。

 この優れた咬合力は食事に活かされている。彼らは植物をいっさい食べようとしない純粋な肉食動物だ。食事の大部分は道端で倒れている動物たちの死骸であり、冷えて硬くなった肉や、他の動物が食べ残した骨にありつくことも多い。

 しかしタスマニアデビルの顎をもってすれば、新鮮な肉を喰らうのと大差ない効率で死肉を消費することができる。食事にまるで苦労しないので、早食いや大食いも得意だ。わずか30分で自重の40%もある死肉を消してしまう。人間でたとえるならば、20キログラムのブロック肉を平らげるようなものだろうか。1人前のステーキが150~300グラムほどであることを考えると、タスマニアデビルの食欲は異次元とも言える。

 彼らは骨も皮もお構いなしで、小柄な獲物であれば痕跡ひとつ残さずに平らげる。もし大型動物をエサにする場合でも、硬すぎて食事効率の妨げになる頭蓋骨と、汚物が収められている結腸だけを残して、ほかはすべて腹に収めてしまう。

 底なしの食欲を満たすべく、彼らは夜な夜な、死骸が入手できそうな場所を求め歩いている。海岸に打ち上げられた魚を食べてみたり、道路で轢かれた動物を物色したりと、その入手手段はいっさい問われない。

 時には埋葬された家畜を掘り起こしてしまうこともあるが、総じて死骸をきれいに片づけてくれるありがたい動物だ。病気を防いで景観も守ってくれる存在として、現地の住民から称賛されることもある。

指で器用にエサを掴んで食べるタスマニアデビル
指を器用に動かして物を掴むこともできる。
(photo by:PxHere)

体温調節で活発に動いて生傷が絶えない喧嘩屋

 肉食動物としてのたしなみだろうか、彼らは狩りに勤しむこともある。たとえば地上ではウォンバット、樹上ではポッサムといった具合に、主に狩りやすい有袋類を狙うようだ。

 彼らは1日に8時間ほどエサを探して回り、時には1晩で20キロメートルも移動することがあるのだという。また、必要とあらば川を泳いで渡ったり、若い頃は身軽さを活かして木に登ったりと、地上以外でも活発な運動を見せる。

 運動能力に優れているのは、タスマニアデビルが体温調節に長けていることと無関係ではないだろう。基本的に有袋類は体温調節がへたくそで、特に高温下では体温を下げようと苦心している。

 事実、カンガルーは地面を掘ってひんやりとした土に寝そべったり、前脚に唾液を塗りたくって気化熱でからだを冷やしたりと、あの手この手で高温を対策している。有袋類はうまく発汗できないため、それに代わる冷却行動を取らざるを得ないのだ。

 そうした事情を加味すると、タスマニアデビルは比較的、体温調節が上手だともいえる。イヌのようにハアハアと息を荒げるだけで、彼らは熱を放出することができる。つまり大げさな冷却行動を取らずとも体温を保てるため、高温下に置かれても積極的に移動を続けられる。

 体温調節によって体内の酵素を活性化させれば、それだけエネルギーを生み出すための代謝反応も起きやすくなる。筋肉を動かすエネルギーも安定して供給できるため、高い運動性を保持できる。そうして体温調節を重ねながら、タスマニアデビルはどの季節でも快活に歩き回って暮らしている。

 だがその強みは時折、厄介ごとの種を持ち込んでしまう。彼らは縄張り意識が薄いため、他のタスマニアデビルが徘徊している地域であろうと躊躇なく侵入してしまう。快活さが領土侵略につながるわけだ。

 しかも彼らは気性が激しい。死肉を求める者同士が出会えば、激しいケンカは避けられないだろう。互いに声を荒げながら容赦なく噛みついて、それぞれに傷を負うことになる。

 時にはライバルにエサを奪われたくない一心で、死骸の中に入って眠る個体すら目撃されている。また年を重ねるほど攻撃的で恐れ知らずになっていき、生傷も増えていく。顔に刻まれた傷の数からその年齢を測れるほど、タスマニアデビルは日常的に争い合っているのだ。

オーストラリアでは、タスマニアデビル注意の道路標識がちらほら見られる
オーストラリアではタスマニアデビル注意の道路標識も見られる。ロードキル(車にひかれて死んだ動物)に惹かれたタスマニアデビルが、他の車に轢かれてしまう二次災害を防ぐためだ。(photo by:Peter Shanks)

夫婦喧嘩をしながら子作りする母親たち

 タスマニアデビルは子を授かりやすい体質らしく、たとえば繁殖期を過ぎた2歳のメスは、その80%が袋の中に新生児を抱いているのだという。なおメスは年に3回も発情期を迎えることがある。1度の発情期で出産できなかった場合は、1か月後にまた発情期を迎えて、オスとのやりとりを再び試すのだ。

 さらにメスたちは1度の発情期に複数のオスと交わることで、子を授かりやすくもしている。1回で駄目なら2回目を。1匹で駄目なら2匹目を。数に訴えることで確実に子を授かろうというのだろう。そこには強い意思が感じられる。

 だがこれはオスからすれば面白くない話だろう。もし自分と交わったメスが他のオスとも交わってしまえば、その不倫相手の子が生まれるかもしれない。”自分の”子を残したいのであれば、メスの不倫は防ぎたいところだ。

 そこでオスは実力行使に出ることにした。交尾が済むとメスの首を全力で噛んで、巣穴へ引きずり込んでしまうので。そしてメスが他のオスを探しに行かないように、その巣穴に閉じ込めて監視を続けようとする。

 タスマニアデビルの首回りには脂肪が蓄えられているため、どれだけ激しく噛まれようとメスが怪我することはない。だが1匹のオスと交わるだけでは確実に子を授かるとは限らないため、メスとしては他のオスともつながりを持ちたくなる。詰まるところ、オスは子を授けてくれる味方でありながら、子を授かる可能性を奪ってくる敵にもなり得るわけだ。

 メスは監禁生活に耐えられなくなると、オスに対して本気の抵抗を見せるようになる。オスがオス同士でするように、全力でお互いを噛み合って、命がけの脱走を試みるのだ。得てして夫婦喧嘩は過激になるものだが、タスマニアデビルほど過激になることもないに違いない。

 興味深いことに、オスは”ミクロな戦術”も採用しているらしい。タスマニアデビルが産生する精子の大きさは、哺乳類の中でも最大級に大きいのだ。大きさは220マイクロメートルほど。小型犬では約70マイクロメートルであることを考えると、規格外ともいえる大きさだ。

 大きさを活かしてより力強く泳ぐことができれば、その精子が卵細胞までたどり着ける確率も高まる。単純な話ではあるが、タスマニアデビルのオスは精子を巨大化させることで、受精率を上げようとしたのだろう。

 これもメスの気質が影響しているに違いない。たとえばイヌ科はパートナーとつがいを成して一夫一婦制を貫くことが多いため、ゆっくり確実に交尾を重ねてメスへ自分の精子を届けられる。精子が小さくとも問題はない。

 だがタスマニアデビルはメスが他のオスとも交尾し得る。交尾の機会が少なくなるばかりか、速やかに自分の精子を届けなければ、精子を届ける権利すら不倫相手に奪われてしまう。精子の運動能力が低いままでは、そうした不倫が成功する確率も高まってしまう。”自分の”子を残したいのであれば、精子を巨大化させざるを得ないわけだ。

 実際、夫婦喧嘩に負けて妻に出て行かれてしまうオスも多い。そもそも弱いオスは相手にされず、メスに手酷く撃退されてしまう。タスマニアデビルが送る恋の季節は、どうにもスパイスが利いている。

エサを綱引きのように引っ張り合うタスマニアデビル
争いがちではあるが、エサの豊富な場所では共に食事を摂ることもある。動物の死骸を綱引きのように引っ張り合い、より効率的に腹を満たす。
(photo by:PxHere)

生まれた直後から兄弟喧嘩を課せられる競争者

 タスマニアデビルの母親は見かけ上、2~3匹の子を産む。そして、尻尾に向けて開口する袋に子どもを詰めたまま、数か月間を付きっきりでお世話しながら暮らしていく。

 だがその裏では、無数の子どもが”死”を遂げるのだという。母親は実のところ20~30匹もの子を産み、強い子どもだけを選定しているのだ。

 タスマニアデビルの新生児は未熟な状態で生まれる。米粒程度の大きさしかなく、毛どころか皮膚すらまともにまとわない、これ以上なく弱々しい命が産み落とされる。

 彼らに与えられた武器はわずかに発達した”爪”ばかり。粘液の波に乗って、母親の体内にある膣の”ヒダ”に爪を引っかけると、懸命に外の世界―――母親の袋の中まで這っていく。そうして袋の中にある乳首まで到着できれば、ひとまずは合格だ。新生児が食いつくと、乳首は膨張して新生児の口から外れなくなり、大きくなるまで栄養を与え続けてくれる哺乳瓶になってくれる。

 ただしタスマニアデビルの母親には乳首が4つしかない。つまり物理的に4匹しか育てられないということを意味する。乳首までたどり着けなかった新生児の末路は言うまでもないだろう。大多数が生後間もなく死に至り、しばらくすると母親のエサになってしまう。

 生後すぐの”兄弟喧嘩”に勝てた強者であっても、しばらくは弱々しい姿のまま暮らすことになる。目が明くのはおよそ3か月後のこと。子どもにできることといえば、乳首から離れないように顎で食いつくことと、空腹を満たすために母乳を啜ることだけだ。

 さらに時が過ぎて生後3か月半ほどになると、子どもたちは卒業の季節を迎える。母親の袋から飛び出して、外の世界へ旅立っていくのだ。

 子どもたちはまだ体重が200グラムほどしかないが、巣穴の外に出かけるようになると、徐々に逞しさを感じさせるようになる。特に、生後6か月までは爆発的に成長していき、体重はひと月で500グラムずつ増加していく。そうして好奇心の赴くままに狩りの真似事をしてみたり、兄弟同士ではしゃぎまわったり、体の動かし方を学びながらタスマニアデビルらしいがっしりとした体格に育っていく。

 ただし母親は母乳を与える以外にはあまり世話をしない。子どもたちを巣穴に隠したままエサ探しに出かけてしまい、狩りを教えたりはしないのだ。袋から飛び出した子どもたちには、どうやら”自主性”という課題が科せられるらしい。

 母親が出かけている時間は”冒険”の時間だ、子どもたちは巣穴から出て暇を潰すようになる。音を聞き、においを嗅ぎ、何かが動いているのを見る。そうして世界に触れながら、徐々に自分が肉食動物であることを自覚していくのだ。小さな昆虫を食べてみたり、樹上のポッサムを捕まえようと木に登ろうとしたり、母乳以外のエサにも目を向けるようになる。

 生後8か月にもなると、子どもたちは二度目の卒業を迎える。もはや母親の乳を頼らなくなり、ひとりでエサを探す―――親離れの時期がやってくるのだ。

 まだ完全には成長しきっておらず、しかも母親からの庇護から外れたばかりの若者たちにとって、独り立ちした直後の期間はとても危険だ。実際、独立してから1年以内の死亡率は60~80%にも達するのだという。

 彼らは母親の袋、ないし巣穴に閉じこもっていた時期では見たこともない敵にさらされる。ワシやフクロネコなどに襲われながら、死肉をめぐるタスマニアデビル同士の争いにも負けてしまう。あるいは寄生虫やガンなどタスマニアデビルに特有の病気に罹るかもしれない。

 絶えず危険にさらされながらも、それらを乗り越えながら若者たちは成長していく。彼らが置かれている状況は、生まれた直後から何も変わっていない。生存競争に強気で挑み続けた者だけが、大きく強く育つことができる。やがてデビルの名にふさわしい体格と攻撃性を勝ち取り、過激な繁殖合戦へ身を投じるだろう。そして次代の子どもたちにも競争を強いて、より強いデビルを育てていくのだ。

2匹寄り添い合うタスマニアデビルの子ども
幼少期にある兄弟同士は穏やかな生活も望める。争うことが多いタスマニアデビルにとって、心穏やかに過ごせる貴重な時期だ。
(photo by:pen_ash)




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