![]() |
photo by:kgleditsch |
- 名称(学名)
- ノルウェーレミング(Lemmus lemmus)
- 分布
- フェノスカンジア(ロシアのコラ半島~ノルウェー沿岸部)
- 生息域
- ツンドラ、高山地帯、湿地、沼地
- 体長
- 8~17.5㎝(頭~胴 )、10~19mm(尾)
- 体重
- 20~130g
雪の中で暮らす小さな掘削者
生き物とは逞しいもので、そこが凍てつく大地だったとしても暮らすことができる。ただしそれは一時的なもので、そこに根を下ろす者は少ない。たいていの場合は放浪生活を送り、その途中に立ち寄るだけに留まる。寒さや積雪が厳しくなると、多くはエサや温かな環境を求めて去っていく。
フェノスカンジアもまた、寒さが厳しい不毛の地だ。ロシア、ノルウェー、フィンランドにかけて広がるツンドラの大地であり、冬になると地表がすべて雪に覆われる。エサも巣穴も見つからない苦しい土地に疲弊して、あらゆる生物が定住を諦めて去っていく。
だが何事にも例外は付き物だ。一面が銀世界となったフェノスカンジアにおいても、寒さをものともせずに活動する動物がいる。レミングだ。
レミングは動物群の総称であり、ユーラシア大陸や北アメリカ大陸など亜北極に暮らしている齧歯類を指す。凍傷を防ぐために体の突出部を限りなく減らしているのが特徴で、たとえば齧歯類には珍しく尾が非常に短い。四肢も短く、ただ立っているだけでも毛皮に埋もれるので、外気に触れることがほとんどない。総じてレミングはずんぐりとした体型をしており、寒さに負けることなく植物を齧って回っている。
特にノルウェーレミングはレミングを代表する種であり、ひときわ寒さに強い。冬のフェノスカンジアは日常的に気温がマイナス20度を下回り、日によってはマイナス60度に達する。積雪量もかなりもので、時には80センチを超えることもある。だがノルウェーレミングはたとえ地上が雪に埋もれようとお構いなしだ。冬眠することもなく、ただエサを求めて活動し続ける。
彼らの住処は雪の中にある。むしろ雪そのものと言えるだろうか。親指の平たい爪をシャベルにして雪を掘り、そのトンネルの中で暮らしている。このトンネルは”かまくら”のように作用するため、外がどれだけ厳しい吹雪に見舞われようとも、雪も寒さも届かない温かな部屋として機能してくれる。レミング自身の熱を吸って、かまくら内の室温が30℃を超えることもあるほどだ。そうして暖を取りながら、彼らはフェノスカンジアの銀世界を耐え過ごしてる。
![]() |
亜北極に位置するフェノスカンジアは冬になると銀世界の様相を呈す。エサとなる植物や雪風を防ぐ巣穴が雪に埋もれ、動物が暮らせない不毛の地となる。 (photo by:PxHere) |
爆発的に増えては環境を整える
多くの齧歯類がそうであるように、ノルウェーレミングも繁殖力が非常に強い。わずか1か月足らずで繁殖できるようになるだけでなく、妊娠期間も2週間と短いため、増えていく速度も尋常ではない。また出産数も6~8匹とかなり多く、1度に最大13匹ものレミングを産む母親もいる。
子どもたちは2週間ほどで離乳すると、兄弟同士で植物を奪い合う環境にうんざりして家族の元を離れていく。そして自身もすぐにパートナーを見つけて、繁殖活動に参加するわけだ。
母親も1度の出産に満足することなく、子供の成長に合わせて第2、第3の出産を試みる。あまりに精力的であるがために、出産直後にはすでに発情期を迎えていることもある。息つく暇もなく次の妊娠を迎え、母娘ともども種の繁栄に貢献していく。
こうしてレミングたちは爆発的に増えていくわけだが、あまりにも数が増えすぎるため、繁殖が進むにつれて周辺環境も激変させてしまう。彼らは腹を満たすべくコケ類はもちろん地衣類や、わずかに残る草本や木の芽、果物や根に至るまで、地上で見つかる植物を食い尽くしてしまう。
レミングが大繁殖する雪原では、他の動物が地上に生える植物を見つけることは難しい。小型の草食動物はエサ不足で追いやられてしまい、後に残るのはトナカイなど高所に生える植物を狙う動物ばかりとなる。
だがこれはレミングを捕食する肉食動物からするとむしろ好都合に映る。雪を掘るだけで大量のレミングが見つかるため、不毛の地でありながらエサには困らないという奇妙な現象が生じるのだ。
そうしてレミングを求めて多くの肉食動物が集まってくる。目前の獲物をすべて仕留めなければ気が済まない習性(オーバーキル)を有するオコジョ、雛鳥を育てるべく絶えず獲物を運び続けなければならないシロフクロウ。こうした動物によって、レミングの死骸が山のように積み上げられていく。
とりわけホッキョクギツネはレミングに依存しており、レミングが少ない年には繁殖を諦めるなど、極端な生存戦略も取るようになった。またフェノスカンジアで暮らすホッキョクギツネは2000年までに30頭余りまで減少したのだが、レミングの保護活動が実を結び、現代では200頭を超えるほど個体数が回復した実績もある。喜ばしい知らせであると同時に、レミングが獲物として重要であることの証明にもなっている。
さて、レミングの大繁殖による影響は「食うー食われる」という単純な関係には留まらない。たとえば多くの動物がレミングに目を向けるようになれば、相対的に他の被食者たちは襲われづらくなる。ユキウサギやライチョウにも数を増やすチャンスが訪れるわけだ。
また、レミングが残した大量の糞は肥料として利用される。老齢の植物が根こそぎ食い尽くされるため、新たな種子が根付くスペースにも困らない。レミングが去って捕食圧が減ると、植物たちは新芽をすくすくと伸ばしていき、肥料を吸いながら急速に繁茂していく。レミングは破壊者であると同時に、新たな植生を育てる創造者でもあるわけだ。
こうしてフェノスカンジアの生態系を下支えするキーストーン種として、ノルウェーレミングは様々な観点から生態系に影響を与え続けている。
そもそもレミングは襲われやすい動物だ。春から秋にかけては草原へ移動して、そこでも多くの動物から獲物にされる。 (photo by:BishkekRocks) |
敵に決して背を向けようとしない暴れん坊
『窮鼠猫を噛む』という諺があるように、小さなネズミが反撃を企てるには、それ相応の危機的状況や決断力が要求されるものだ。しかも、たいていの場合は反撃もむなしく空振りに終わり、そのまま捕食者のエサになってしまう。
だがレミングは逆境に怯むことなく、イタチ科など小型の肉食動物であれば撃退することも可能だ。人間に対しても決して退こうとせず、ひたすら威嚇しながらヒット&ウェイで噛みつこうとしたり、スキー客に走り寄ってきて足を登ってきたり、果敢に立ち向かおうとする。場違いなまでの攻撃的な振る舞いは、まるで恐怖心が欠けているかのようだ。
ノルウェーレミングに至っては、その攻撃性が毛皮の模様にまで表れている。口周りは白く、頭から背中にかけては黒色で包まれる。そして腹部は茶色で覆われており、頭や臀部にまで明るい色味が及んでいる。三毛猫を思わせるこの毛皮は雪上ではひどく目立つのだが、ノルウェーレミングは気にする様子もなく、雪上を駆け抜けていく。
通常、積雪の濃い地域で暮らしている動物は、白い毛皮をまとって雪に紛れようとする。雪に隠れて外敵をやり過ごすため、あるいは気づかれずに獲物へ接近するためにも、雪へカモフラージュする戦略は必須ともいえるからだ。
ところがノルウェーレミングはあえて身を晒すように派手な色で身を包んでいる。もしかすると彼らは、あえて白い毛皮を捨てることで、自らの攻撃性を周りに知らしめているのかもしれない。
実際、彼らはどれだけ体格差がある相手だろうと食って掛かろうとする。口を大きく開けて上下に鋭く伸びる前歯を見せつけつつ、「キッキッ」と甲高い声で怒りをあらわにするのだ。そして相手がその勢いに気圧されて怯んだ隙に、がぶりと一撃を加える。小さいとはいえ、レミングの噛みつきには植物質を噛み切るほどの威力がある。狩りを楽に済ませようと近づいてきた捕食者からすれば、その噛みつきは手痛い反撃どころでは済まないだろう。
レミングが異様なまでに攻撃的であると学んだ相手は、次回からより慎重に狩りをするようになる。レミングの派手な毛皮を目にすると、自然と警戒心が湧き上がり、出会い頭に攻撃することを躊躇ってしまうのだ。それはレミングに反撃や逃亡の隙を与えることを意味する。不意打ちさえ防いでしまえば、逃亡の成功率もわずかに上げられることを思えば、派手な毛皮にも意味はあるのだろう。
カモフラージュをして怯えながら暮らすくらいならば、いっそ大胆に身を晒して相手を牽制したほうが良い。そう考えたのかは定かではないが、少なくともノルウェーレミングは「常時猫を噛む」姿勢を崩さずに、時にはピンチも凌いでいるのだ。
![]() |
人間を含む大きな動物が近づいてくると、彼らは自分から駆け寄ってきて威嚇を始める。ヒット&ウェイの要領で噛みつこうとする様は、可愛らしくも攻撃的だ。 (photo by:Lakkahillo) |
集団自殺を疑われるほどの鬼気迫る大行進
ノルウェーレミングが喧嘩っ早いのは、仲間に対しても同じことらしい。特に若いレミングは熟練者に押しのけられ、餌場や住処から追い払われてしまう。あるいは兄弟喧嘩に嫌気がさして、自発的に旅へ出ようとする者もいる。
雪をかき分けるのは上手な彼らも、分厚い氷を掘り進められるほどの力はない。寒さが増すほどに大地も凍りついていき、エサ探しも難航するようになる。そうなればエサをめぐる争いは避けられない。力がない者や争いを面倒に思う者から先に、新天地を目指して雪上の旅へ出ることになる。
長距離の移動はレミングにとって危険な旅路となる。特に猛禽類は危険極まりない相手だ。はるか遠くからレミングを発見すると、上空から一方的に攻撃を加えてくる。警戒色はまるで役に立たず、お得意の攻撃的な威嚇も空には届かない。住処を追われたレミングは、上空から迫りくる危機に対しては、あまりにも無力だ。猛禽類と遭遇したが最後、なす術もなく獲物にされてしまう。
ノルウェーレミングが大繁殖する年は悲劇が起こりやすい。レミング同士の争いが白熱するだけでなく、彼らをエサにすべく捕食動物も押し寄せるため、おびただしい数のレミングが命を落とす。
エサ不足も深刻だ。無数のレミングによって植物は食い尽くされ、その場に留まれば餓死は免れなくなる。やがて多くのレミングが空腹に耐えかねて、豊かな土地へ移動を始める。
特にノルウェーレミングは大移動する齧歯類として知られている。個体数が激増する年には数百、数千匹もの群れで一斉に移動していくのだ。餓死という本能的な危機を感じている彼らにとって、この大移動は文字通り生死を賭けたものとなる。我先にと前へ進んでいく仲間たちから押しのけられ、弱いレミングはパニック状態に陥ってしまう。不運にも水場へ落されてしまえば、そのまま溺死しかねない。その様子はさながら、自死を望んで入水自殺を図る集団のようにも映る。
ノルウェーレミングの暴力的なまでの大移動に感銘を受けたのか、1950年代には「レミングは集団自殺をする」という”誤解”が広められたこともある。たとえばウォルト・ディズニー氏が手掛けたドキュメンタリー映画は大きなきっかけとなった。捕まえたレミングを崖から投げ落とすという大胆極まりない手法により、多くの観客がその目を釘付けにされたのだ。
倫理的に許されない行為ではあったが、このフィルムは皮肉にもレミングを一目置かれる存在へ押し上げた。ともすれば無数のレミングが身を投げ出しているようにも見える”レミングの大行進”は、それだけ撮影者と観客の心に衝撃を与えたのだろう。
「レミングの奇妙な生態を面白く演出したい」という情熱が暴走したのだろうか。はたまた「観客をさらに楽しませたい」というサービス精神が行き過ぎたのだろうか。いずれにせよ、動物の奇行と人間の情熱が噛み合ってしまった悲劇の主演者として、レミングは人間に倫理観を問いかける存在となるのだった。
参考動画