![]() |
| (photo:Dave Grickson) |
- 名称(学名)
- シロイワヤギ(Oreamnos americanus)
- 分類
- 偶蹄目 ウシ科 オレアムノス属
- 分布
- 北米西部(ロッキー山脈、カスケード山脈など)
- 生息地
- 亜高山帯、高山帯(岩場、断崖など)、森林 体長
- 120~179㎝(頭~胴)、10~20㎝(尾) 体高
- 約100㎝ 体重
- 56.8~81.8㎏
断崖絶壁に求めた安息と生存のトレードオフ――極限地帯を選択したシロイワヤギの逃避戦
北米においてシロイワヤギは巨大で目につきやすい動物だが、驚くほど研究が進んでいない。彼らの生息地が人里離れた極限の地にあるためだろう。カスケード山脈北部とロッキー山脈、アラスカ州のチュガッチ山脈まで、標高4000メートルを超える高山地帯に生息している。
生息地は-40℃を下回る寒冷地であるだけでなく、斜面が60°を超える過酷な地形がほとんどだ。そのため、彼らと出会うには相応の覚悟が必要となる。とてもではないが人間の長期滞在が許されるような環境ではなく、シロイワヤギの観察研究も遅々として進んでいない。彼らはなぜわざわざ植生もまばらな厳しい環境に居住を構えているのだろうか。
その理由は、交通の便と安全性を秤にかけたトレードオフにある。滞在が難しいどころか侵入も困難なこの丘陵地帯であれば、他の動物たちが紛れ込んでくる心配がない。ピューマ、クマ、オオカミといった捕食者との遭遇は稀であり、わざわざ逃走したり隠れたりする手間もかからない。他のヤギやシカといった大型草食動物とも棲み分けできるので、高所では貴重なエサ資源を奪い合う心配も不要だ。
厳しい寒波や移動の困難さというデメリットはあるが、シロイワヤギはこれらに上手く適応し、デメリットを最小化している。これにより、他の動物と競合せずに済むというメリットを最大化しているのだ。急斜面を滑らかに駆け登り、雪道に足を取られることもない。その登山能力はまさに完璧だ。もし他の動物が迷い込んできたとしても、シロイワヤギを出し抜くことは不可能に近い。
![]() |
| シロイワヤギの群れを写した画像。メスは最大50頭のゆるい子育てグループを形成する。(photo:gsexauer) |
氷河期の記憶を刻む遺伝子の脆弱性――気候変動の荒波に晒される高山の指標種
自然環境は容赦がない。シロイワヤギは捕食者との遭遇を避けることには成功したが、それでも「死」そのものを完全に排することはできない。捕食者に襲われなかったとしても、他の事故に見舞われることもあるからだ。誤って足を滑らせて谷底へ落下したり、アラスカでは雪崩に巻き込まれて命を失うこともある。あるいは気候が乱れ、エサ不足から餓死を迎えることもある。過酷な高山地帯で暮らしている以上、こうした事故は避けられないのだ。
特に生まれてからまだ1年も経たない子ヤギが犠牲になりやすい。子育ても重要だが、母ヤギは自身の生存にも必死だ。そのため、子ヤギのケアがおろそかになることもある。傾斜90度近い崖に連れ出し、子ヤギの力では抗えないような急流を渡らせるなど、時には試練とも呼ぶべき移動を要求するのだ。数少ない捕食者であるワシが上空から襲来した時にも、母ヤギはなすすべもなく我が子が襲われる様を見守るしかない。助けに入ろうものならば、厳しい地形に行動を阻まれ、自身も子もろとも崖下に転落するリスクがある。母ヤギにできることは、我が子の成長を祈ることだけだ。
![]() |
| 捕食動物に襲われるケースを想定して、あえて難しい地形に身を置くことが多い。大人のヤギは慣れたものだが、子ヤギはうろたえながらも母ヤギを追いかける。(photo:Askewchan) |
過去には多くのシロイワヤギが命を落としてきた。これは氷河期時代から繰り返された悲劇であり、その記憶は彼らの遺伝子の中にも刻まれている。一定期間で個体数が激減してしまうと、その個体群は家族や兄弟といった遺伝的に近しい相手としか交雑を重ねられなくなる。つまり遺伝子の多様性が失われるということだ。時代ごとに遺伝子の傾向を調査することで、その遺伝子の偏りから、当時の気候がどれだけ過酷だったのかを予測できる。
シロイワヤギの場合、寒冷化が進むたびに個体数が減少する傾向にあった。最も深刻だった時期は、ちょうど氷河期が終わり温暖化を迎えた頃で、当時は個体数が10分の1にまで減少したという試算がある。残念ながら、シロイワヤギが寒冷化にも温暖化にも弱い、すなわち気候変動の影響を受けやすい動物であることは、彼らの遺伝子によって証明されているのだ。その原因は明白で、危険地帯で暮らしていることが悪影響を及ぼしている。
シロイワヤギはウシ科動物の中でも、繁殖が遅いことで知られている。たとえばメスのシロイワヤギは4歳ごろまで繁殖を開始しないことがほとんどで、産子数が最も多くなる年齢も8歳ごろとかなり高齢だ。ヘラジカのメスであれば2歳で繁殖を開始して、4歳ともなれば産子数もかなり安定する時期に差し掛かってくる。他のウシ科動物と比べると、シロイワヤギはかなり慎重に繁殖を進めていることがわかる。これは繁殖よりも生存を優先せざるを得ないという、居住の問題による差なのだろう。
シロイワヤギは急速に個体数を増やすことが難しく、急激な個体数の減少を経験したとしても、すぐに数を回復させることはできない。その後、気候が安定したとしても回復までに数年はかかってしまう。さらに悪いことに、経験豊富な個体であっても気候変動による事故は避けられない。雪崩は年齢を問わず、無差別に命を奪うからだ。ひとたび気候変動に襲われれば、シロイワヤギの個体群は優秀な高齢個体を奪われた上で、限られた資源を争わざるを得ない状況に追い込まれてしまう。
たとえば温暖化で植物が急速に成長すると、その分成長にエネルギーが費やされ、エサとしての価値は低下する。あるいは雪が溶けて侵入が容易となり、捕食者たちが高山地帯へ押し寄せてくるかもしれない。数々の困難に見舞われて、シロイワヤギは個体数の減少という結果を迎えてしまう。そして繁殖が遅いため回復にも時間がかかり、遺伝子の多様性も失われていく。
このようなシナリオは決して過去だけの問題ではない。近年の温暖化はシロイワヤギに対しても、悲劇の再来を招く恐れがある。事実、シロイワヤギは環境変化に極めて敏感であり、気候変化の影響を測るための指標種としても注目されている。彼らの動向を把握することが、延いては地球環境の保全につながると信じられているのだ。
![]() |
| 強風に煽られるシロイワヤギ。元から厳しい環境で暮らすため、わずかな環境変化が命取りとなる。(photo:chilipossum) |
氷壁を制する解剖学的最適化の極致――防寒を司る二重の毛皮と岩盤を掴む蹄の構造
大規模な気候変動には弱いとはいえ、彼らが優れた高地の適応者であることは疑いようもないだろう。最低気温-46℃の厳しい寒さに耐え、風速160キロメートルの寒風が吹きつけても動じない。
中が空洞になっている長毛は、寒波を効率的に遮断する。この長毛は1本あたり20センチに達することもあり、全身をくまなく覆うだけでなく、毛の内部の空気層が冷たい空気の侵入を防いでもくれる。防寒効果に優れているため、たとえ深い雪の中でもシロイワヤギが体温を失うことはない。それどころか積極的に雪道へ身をさらして雪を掘り進めようとする。ごくわずかな食料を求めて、植物を掘り起こすのだ。
シロイワヤギは意外なほどに穴掘りが上手で、年間を通して積極的に地面を掘り返している。特に夏場は冷えた地面を剥き出しにして涼を取ったり、砂の中で転げまわってダニやノミなどの外部寄生虫を取り払ったりしている。
彼らの器用な蹄は崖上りにも最適だ。二股に分かれた蹄は独立して動作するため、複雑に隆起した岩盤であっても上手く掴むことができる。蹄の内側には肉球のような柔らかい組織が詰まっており、崖の凹凸にフィットさせて食い込ませることが可能だ。こうして蹄の制動力を最大限にまで引き出し、常にブレーキをかけている状態で崖をよじ登っていく。
またシロイワヤギは上腕や肩の発達が著しい。懸垂するように崖を這い上がったり、急斜面から転げ落ちないように踏ん張ることが多いためだろう。曰く、「不釣り合いなほどに」発達した肩は、遠目からでも彼らの上半身を大きく見せる。その力を活かして彼らは平然と急斜面を乗り越えていく。時には切り立った崖の先端部で休息を取ったり、急斜面に足をかけながら授乳したりといった無茶な行動も見せる。
![]() |
| 授乳中の母ヤギ。足場が悪くともお構いなしだ。(photo:erikschiff) |
ミネラルを渇望する高地の適応者――人間の汗すら資源に変える執念と塩分摂取の遠征
彼らは餌場と休憩所を行き来しながら、種々の草を食んで暮らしている。森林限界を超えた過酷な地では、エサを選ぶ余裕はない。季節や生息地に応じて消費するエサの種類がまるで異なり、食べやすいイネ科の植物に始まり、栄養価の低い小枝を漁って飢えをしのぐこともある。
しかしシロイワヤギは、植物だけを食べて生きられるわけではない。ミネラル分も多量に必要とするため、時には危険を承知で遠くまで遠征することもある。たとえばある個体群は数十年にわたり、雪のない季節になると大規模な群れを成してミネラルリックを訪れていた。塩分を求めるシロイワヤギの姿には事欠かず、春になるとミネラル豊富な塩の池を目指して数キロメートルを移動する個体や、冬季に山を下りて捕食者から襲われるリスクを負ってでも鉱塩を探しまわる個体が見つかっている。沿岸部にほど近い高山地帯では、わざわざ海まで降りてきて昆布を食べるヤギも現れるほどだ。彼らの食生活に塩分が不可欠であることは疑いようもない。
塩分を求めるあまり、極端な行動に出ることもある。自然公園など人間が訪れる場所では、人間に近づいてくることもあるのだ。その人物がシロイワヤギに好意的であることを悟ると、その素肌や腕時計などを舐めまわしていく。目的は汗だ。資源に乏しい高地帯においては、人間の汗に含まれるかすかなミネラルであっても貴重なのだ。彼らの目に映る人間は、さながら「塩キャンディー」のように映るのだろう。
最も気性が激しい偶蹄類としての真価――死を賭した反撃とワシを撃退する決死の滑落
人間を必死に舐めまわす姿は、愛嬌たっぷりのペットを思わせる。しかし、彼らが野生動物である事実を忘れてはならない。シロイワヤギは塩分を欲するあまり、極端な行動に出ることもあるからだ。たとえば2010年には、シロイワヤギに襲われたハイカーが命を落とす事態となった。過激なヤギの中には、登山客をつけ回して機会を窺うものもいる。登山客が用を足すと接近し、崖から突き落とそうとする。そして独占した尿を舐めまわして、ミネラルを摂取しようとするのだ。草食動物だから安全という考えは幻想に過ぎない。
特にシロイワヤギは「最も気性が激しい偶蹄類」として名を挙げられるほど気性が荒い。ツノを持つウシ科動物はオス同士で争うことも珍しくないが、シロイワヤギに関しては、メス同士でも頻繁に争おうとする。特に子連れのヤギは餌場を確保するためにツノを振るうため、群れの仲間はお互いに距離を取り合っている。ツノを向けられると慌てて後ずさったり、伏せるように身を小さくするのだ。攻撃のほとんどは威嚇だけで済まされるが、シロイワヤギは群れの仲間に対しても躊躇うことなく攻撃する。
もちろん、繁殖期にはオス同士で激しくケンカする。お互いに頭を突き合わせる他の偶蹄類とは異なり、シロイワヤギの闘いは横並びの状態で行われる。彼らは頭を横方向へ振り、相手の脇腹へツノを突き刺すのだ。柔らかく分厚い毛皮が攻撃を緩和するが、時には相手を死に至らしめることもある。誤って顔面や首筋にツノを受けてしまえば、重傷は避けられない。
![]() |
| シロイワヤギはオスメスともツノを持つ。生後3年目までは体やツノのサイズにも差が見られず、野生下では性別を区別することが難しい。(photo:jhorthos) |
別の動物を相手にする場合でも、強気な姿勢は崩さない。あるハイイログマの死骸には、シロイワヤギに付けられたと思われる刺し傷がいくつも認められた。捕食者から逃れるために高山地帯へ逃げ込んだ彼らではあるが、状況がそれを許さないのであれば、反撃に転じる負けん気も備えているのだろう。その証明というわけではないが、より過激な方法で敵を撃退するヤギの姿も捉えられている。
不幸にも捕食者と出遭ってしまった場合、シロイワヤギは基本的に逃げの一手を講じる。慣れた様子で崖を滑らかによじ登り、捕食者が落下に怯えている隙を突いて距離を開けていく。だがこの手法が通用しない相手もいる。ワシは地形をものともしない空の襲撃者であり、小柄なヤギを崖から突き落とそうとする恐るべき敵だ。小柄なヤギの背中を掴むと、相手がどれだけ暴れても決して離さずに、崖の底まで誘導していく。
だがヤギもやられっ放しではない。ワシのしつこさを逆に利用して、大胆な方法で攻撃から逃れようとする。ワシを背中にしがみつかせたまま、崖を転げ落ちるように滑り落ちるのだ。時には急傾斜をわざと転がり落ち、ワシをクッション代わりにして地面へ押しつぶす。そうして硬い砂利道や岩にぶつけられたタカは翼を負傷し、二度と飛び立てなくなることもある。
シロイワヤギほど「臆病者」という言葉がふさわしくない動物もいない。彼らは捕食者を避けるためとはいえ、常に転落死のリスクを負うばかりでなく、いざ襲われたとなれば死をも厭わない決死の反撃を試みる。近づくにも襲いかかるにも、これほど恐ろしい獲物はないのだ。
![]() |
| (photo:mmmiller) |
参考文献:Wikipedia(en)/ADW/State of Alaska/PMC/NSO
参考動画




.jpg)
.jpeg)
.jpg)