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| (photo by:Seb az86556) |
- 名称(学名)
- ハイチソレノドン(Solenodon paradoxus)
- 分類
- 真無盲腸目 ソレノドン科 ソレノドン属
- 分布
- カリブ海(イスパニョーラ島)
- 生息地
- 森林、高地、農地
- 体長
- 27~49㎝(頭~胴)、20~25㎝(尾)
- 体重
- 0.6~1.2㎏
白亜紀の記憶を宿す陸上哺乳類、カリブ海の聖域に潜む生きた化石の真髄
米国カリブ海に浮かぶ2島には、たくさんの化石が隠されている。ただし化石は化石でも、その正体は「生きた化石」―――7000万年以上も同じ姿を保ち続けている陸上哺乳類のソレノドンだ。日中は地下のトンネルで休息を取っているため、人目に触れることもなく、キューバ島とイスパニョーラ島でひっそりと繁栄を続けてきた。
ソレノドンは非常に原始的な哺乳類で、見た目だけでいえば巨大なトガリネズミにも見える。細長く伸びた鼻や、良く発達した爪はまさにそれで、他にも多くの特性を共有している。たとえば昆虫を掘って見つける食性や、哺乳類でありながら毒を持つという稀有な特徴も、原始的な哺乳類ならではの共通点だ。
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| イスパニョーラ島ハイチでは熱帯林が広がる。こうした植生に潜むようにソレノドンは暮らしている。(Photo by: Michelle Walz Eriksson) |
ソレノドンの生活を支えてくれるのは、島国の穏やかな気風によるところが大きい。貿易風がカリブ海の湿気を吸いこみながら島へ吹き込むと、その風は島内の山々にぶつかって空高く上昇していく。すると風に含まれる湿気が雲となり、島内に雨をもたらすようになる。そうして豊かな熱帯雨林が育ち、ソレノドンも捕食者から身を隠すための安全地帯を得られる。
また島には伝統的に天敵がおらず、ソレノドンの脅威となり得る捕食者は、せいぜい猛禽類くらいなのだという。豊かな森は安定した食事も提供してくれるため、夜間に少しだけ出歩くだけでも腹を満たすことができる。ひっそりと巣穴に隠れ住みながら、それを咎めるような相手がいない穏やかな環境のおかげもあって、ソレノドンは独自の生態系を営み続けてきた。
進化の可能性を捨て去った遺伝子の選択、非同義置換を抑制し続けた生存の執念
「生きた化石」という評価に違わず、ソレノドンはまだ恐竜が闊歩する時代にはすでに存在していたらしい。ソレノドンを含む新無盲腸目のご先祖様が哺乳類から派生したのは、今から約7600万年前のこと。さらに約7300万年前まで時代が進んだところで、真無盲腸目の中からソレノドンの先祖も現れ始めた。
興味深いことに、ソレノドンは多くの生物群が死滅した”大量絶滅”も生き延びていた。生物史上、地球には大量絶滅が幾度も訪れたが、その最後の時は白亜紀の末―――約6600万年前に起こったとされている。これは地上を跋扈していた恐竜たちが姿を消すことになった原因であり、哺乳類の時代が幕開けするキッカケになったとも考えられている。実際、この時代を境に、ネズミほどの大きさしかなかった陸上哺乳類は急速に進化を遂げていき、ブロントテリウム(ウマやサイの先祖)やアンドリューサルクス(史上最大の肉食哺乳類)といった大型哺乳類も登場するようになった。
もっともソレノドンには縁遠い話だったようで、彼らは大量絶滅を経験した後でも、依然としてその姿を保ち続けた。時代によっては、現存するハイチソレノドンよりも体長が2倍もあるソレノドンも現れたが、それでも形態そのものが大きく逸脱することはなかった。ソレノドンは恐竜亡き世界においても、独自の姿を変えることなく生き残ってきたわけだ。
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| ウィーン自然史博物館に所蔵されているハイチソレノドンの剥製標本。尖った鼻や体長に匹敵するほど長い尾が印象的だ。(photo by:Sandstein) |
変化しなかったのは姿ばかりではない。ソレノドンは遺伝子も不自然なまでに変化が少なく、あえて「進化しないように」過ごしてきたことを示唆している。
遺伝子変異が子孫にも引き継がれる現象を「進化」と呼ぶわけだが、遺伝子が変異したからといって、姿かたちや生理機能も直ちに変化するとは限らない。遺伝子のみ変化して、他には影響がまったく生じない「同義置換」という現象も起こり得るためだ。
ソレノドンも同義置換からは逃れられず、その意味では絶えず進化を重ねてきたといえる。だが一方で、自身の在り方に影響が大きく出てしまう遺伝子変異―――非同義置換に関しては、子孫へ受け継がれないように取り除いてきた。
曰く、ソレノドンの遺伝子変異は同義置換がほとんどを占め、非同義置換の割合はわずか18%に過ぎないのだという。これは有害な遺伝子の変異が積極的に取り除かれてきた証拠であり、やや乱暴な言いかたをするならば、「進化の可能性を82%も捨ててきた」ことを意味している。「ソレノドン」という種から逸脱せずに現代まで生き延びてきたことを、彼らの遺伝子がなによりも証明してるわけだ。
下顎の溝から滴る洗練された毒液、毒ヘビの機構を再現した捕食の機能美
哺乳類が毒を持っているケースは珍しい。体内に潜んでいた細菌や寄生虫が間接的に毒としてはたらくことはあるが、自ら体内で毒を生成し、それを効率よく相手に作用させられる機構も備えている哺乳類は稀なのだ。ソレノドンはその稀な例のひとつであり、効率的な狩りに用いるために毒を作り出している。
毒は口の中にある唾液腺から分泌される。ソレノドンの下顎に生えている大きな牙には管が通っており、噛みついた相手にそのまま毒が流れ込むようになっている。ちなみに、この管はソレノドンという名前の由来にもなっている。「ソレノドン」はギリシャ語で「溝のある歯」を意味するのだ。
この牙は毒ヘビにも採用されている特殊な構造であり、物理的な攻撃と科学的な攻撃を両立できる、効率的な機構となっている。とはいえ、ソレノドンの用いる毒はあまり強力ではない。毒の主成分であるKL1は、人間が噛まれても少し痛みを感じる程度で、後遺症もほどんどない。
その代り即効性には優れており、わずか数分で毒の効果が表れるようになっている。特に小動物に対しては効果絶大で、実験マウスを2~6分で死亡させたという報告もあるほどだ。ソレノドンはこの毒で獲物の動きを鈍らせて、より簡単に狩りをこなせるようにしている。
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| ハイチソレノドンの下顎の骨格像。第二切歯には溝があり、唾液腺から毒液が流れ込んでくる。(photo by:Nicholas R. Casewell) |
ソレノドンの毒は、過去4回にわたる進化を経て最適化されてきた。他の哺乳類より独立してからというもの、時代に応じて毒にも調整を加えてきたわけだ。にもかかわらずソレノドンの毒は、他の哺乳類が用いる毒と驚くほど酷似しているのだという。たとえばソレノドンと最も近しい哺乳類、トガリネズミも毒の使い手だが、やはりソレノドンと同じ毒素であるKL1を用いてきた。
ただしトガリネズミは2種類の毒を混ぜて利用しているようだ。大きな獲物を捕らえるための毒(KL1)と、小さな獲物を貯蓄するための毒(毒ペプチド)を組み合わせている。トガリネズミは代謝が激しいため、エサを効率的に消費しなければならない。日々の狩りはもちろんのこと、獲物を長期間貯蔵するための毒も必要だったのだろう。
対してソレノドンは長い時代を経てもなお、KL1しか使用してこなかった。これはソレノドンが代謝を抑えながら生活してきたことを意味している。日中は巣穴に潜んでいるのでほとんどエネルギーを消費せず、それゆえに代謝もゆるやかなまま維持されてきた。結果的に獲物を保存するための毒も不要であり、単に獲物を捕らえる方向へ毒性を発達させるだけでよかった。
それぞれに独自の毒を”ブレンド”してはいるが、ソレノドンとトガリネズミが共にKL1を主成分として選び続けたことも事実だ。長い時代を経て、それぞれ異なる進化を遂げてきたにもかかわらず、まったく同じ結果にたどり着いた。有益な機能は種を越えて選択されるという収斂進化の好例であるとともに、ソレノドンの毒が最適解であることを証明する事例にもなっている。彼らは7000万年の時を経て、自らの毒を洗練させてきたのだろう。
暗闇を解き明かす超音波の響き、視力を補うエコーロケーションと鋭敏な触覚
ソレノドンは日頃から地中に隠れているため、声を出さない限り見つかることはない。だがソレノドンは声を抑えるどころか、実に豊富なバリエーションの発声を聞かせてくれる。たとえば馴染みの相手に対しては柔らかく「キーキー」と呼びかけ、攻撃的な場面ではより緊迫した「キーキー」という声に変化させる。あるいは防御的な場面で金切声をあげることもある。
さらにソレノドンは、見知らぬ相手に対しては「クリック音」を放つことが知られている。クリック音とはイルカやコウモリも発することがある、いわゆる超音波だ。対象物に音をぶつけて反響音から状況を判断する、エコーロケーションに用いられる。音の反射具合を聞き分けて、地形を把握して効率よく移動したり、目の前にいる相手の大きさや形状を確認したりするのだ。
ソレノドンは夜行性ゆえ、ほとんど視覚が利かない世界で生きている。暗闇の中では音やにおいに頼らざるを得ず、その一環で超音波も発するようになったのだろう。あるいは触覚も重要だ。ソレノドンは7センチにも達する長いヒゲを12本ほど備えており、ヒゲに触れた物体の正体をすみやかに特定することができる。
こうした鋭い感覚をすべて組み合わせて、ソレノドンは夜の狩りをこなしていく。目的は主に昆虫だ。落ち葉の下を掘ったり、腐った丸太の内側を裂いたりして、そこに潜んでいる昆虫を食べてしまう。
オサムシ、バッタ、ヤスデ、ミミズ、カタツムリ…無脊椎動物を食べて過剰繁殖を抑えてくれるので、ソレノドンは生態系の破壊を抑える役割も担ってくれる。また少量ながら果物や野菜も食べるため、土を耕したり種を持ち運んだり、植物の繁栄も助けているようだ。人目に触れることは滅多にないが、ソレノドンは人知れず島内の生態系を整えてくれている。
日中は巣穴からほとんど出てこないので、ソレノドンを見つけることは困難と言わざるを得ない。事実、2008年にはドミニカ共和国で1ヶ月に及ぶソレノドンの調査が行われたが、生きた個体はわずか1匹しか捕獲できなかったのだという。
足跡や噛み跡、爪痕といった痕跡は見つかるものの、肝心のソレノドン自体は姿を見せず、せいぜいカメラトラップで撮影される程度だった。ソレノドンは地元民にすらほとんど知られていない秘匿された存在であり、「幽霊を見つけるほうがまだ簡単」と称されるほど希少な動物であったのだ。
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| キューバ島に生息するキューバソレノドンの剥製標本。この標本が示すように、ソレノドンに属する動物は巣穴の中で長い時を過ごす。(photo by:Emőke Dénes) |
地中に隠れ潜むシャイな生き様とは裏腹に、ソレノドンは社交的な一面も備えている。たとえば頑健な爪や即効性のある毒を備えているが、それらを仲間に向けることはない。飼育下においては、敵対的な行動も見られはしたが、噛みつきにまで発展することはなかったのだという。野生下においても、ソレノドンはオスメスのつがいを中心にまとまり、最大6匹の子孫を伴って巣穴に隠れ住んでいる。
彼らは両手両足に不釣り合いなほど大きな爪を持っており、それらを工具にして地面を掘り進めていく。その仕事ぶりは中々のもので、入口がいくつもあるトンネルを掘るだけでなく、いくつかの部屋も用意された、複雑な巣穴へ仕上げてしまう。巣はさらに植物の茂みが覆い隠してくれるため、仮に捕食者が徘徊していたとしても、見つけるのは容易ではない。
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| 上画像はキューバソレノドンの骨格標本だ。各指には不釣り合いなほど大きな爪が備わっている。(photo by:Photo by David J. Stang) |
長い歴史を通して天敵がいなかったためか、この手の小型哺乳類には珍しくソレノドンは多産多死の戦略を取らない。年に1度、2匹の子を産んで育てるにとどめている。むしろ2匹しか育てられないといったほうが正解かもしれない。母親には乳首が2つしかないため、物理的に3匹以上を育てることは難しいのだ。たいていは母乳をめぐって争い、3匹のうち1匹が栄養失調で死んでしまう。
ソレノドンの子は未熟な状態で生まれてくるが、人間と同じように丁寧に育ててもらえる。生まれたばかりの子は、目が開けられず毛もほとんど生えていない。非力であるがために巣穴へ匿われ、最大75日間の長い授乳期間を過ごしていく。
離乳後も巣穴に留まるという点も、哺乳類には珍しい特性といえるだろう。母乳を卒業した子どもたちは狩りを学び始め、昆虫を食べて成長していく。そうして生後8か月ほどでようやく大人のサイズへ達すると、いよいよ巣立ちの時を迎える。パートナーを探し求めて、両親と決別を果たすのだ。
外来種の影に怯える島国の主、在来の生態系を守るアンブレラ種としての未来
かつてはその秘匿性から絶滅を疑われ、IUCNに「絶滅危惧種」と認定されていた。だが調査や研究を経てソレノドン―――特にハイチソレノドンがドミニカ共和国では依然として広く分布していることが発覚し、2020年には「軽度懸念」まで指標が引き下げられた。
遺伝学の考えに則ると、ソレノドンが絶滅せずに子孫を反映させるためには、最低でも3000匹は生息していなければならないのだという。彼らは姿を見せないだけで、地中にはそれ以上の数が生息している可能性もある。
ただし懸念もある。他の小型哺乳類の例に漏れず、ソレノドンも外来種に脅かされているのだ。イヌやネコはネズミ狩りでもするようにソレノドンを追いかけ、サトウキビ畑のネズミを駆除するために導入されたアジアマングースも脅威となる。いずれもソレノドンを捕食する可能性があり、本来であれば島に生息していなかったこともあり、ソレノドンが対処法を身に着けていないという懸念もある。
実際、ソレノドンはあまり移動が得意ではない。とりわけ歩く姿勢はぎこちなく、不自然に体を上下させなければ前に進むことができない。陸上哺乳類から襲われる経験が不足しているため、体が移動に適するようには進化しなかったのだろう。
もっとも、ソレノドンは年を経るごとに認知度が上がっていき、今では地域を代表する在来動物として保護されるまでになった。保護区や農地で目撃情報が聞かれるようになり、地元ではソレノドンの捜索を手掛けるガイドも設けられている。
大昔から姿を変えずに残り続けてきた動物は、生物史や考古学の題材としても打ってつけだ。ソレノドン自体の希少性はもちろん、その身に宿している遺伝子を解析することで、新たな知見も得られる。その意味でも、彼らの存続を願わずにはいられない。カリブ海を代表する生きた化石として、末永く歴史を語り続けてほしい。
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