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| (photo by:Dan MacNeal) |
- 名称(学名)
- ホシバナモグラ(Condylura cristata)
- 分類
- 真無盲腸目 モグラ科 コンディルラ属
- 分布
- 北米大陸(東北部)
- 生息地
- 湿地、沼地、森林、草原
- 体長
- 17.5~20.5㎝(頭~胴)、6.5~8.5㎝(尾)
- 体重
- 35~75g
暗闇を凝視する二十二本の触覚、星形の鼻が司る精緻な手探りの正体
朝方に突然鳴り響くスマホのアラームは、最も不愉快な体験のひとつだ。寝ぼけ眼で布団から腕を伸ばし、手のひらでポンポンと頭上を探るが、中々見つからない。幾度かの手探りでスマホの硬く冷たい質感に触れて、ようやくアラームを止めることができる。アラームの音がまだ耳に残る、最悪のお目覚めだ。
この煩わしい手探りの動作をしかし、積極的に活用している動物がいる。モグラだ。トンネルの暗闇では視力が役に立たない。それゆえにモグラは手探りするように鼻をギュッと地面に押し付けて、彼らにとってのスマホ―――昆虫やミミズなどのエサを探し回っている。
ホシバナモグラはとりわけ奇妙なモグラで、鼻から放射状に「指」を生やして、手探りの精度を上げている。まるでイソギンチャクのように見える付属肢の束は、1本1本が敏感なセンサーとして働き、触れた物体が食べられるのかを判断している。硬いのか柔らかいのか、動いているのか止まっているのか。触れたときの感覚を最大限に増幅し、それが自分のエサであることを確信させるのだ。
ホシバナモグラは鼻の「触覚」がとても鋭敏で、人間の手の感覚と比べて約6倍も鋭いのだという。ホシバナモグラは獲物のかすかな振動を感じ取ると、鼻に生やした無数の指でそれを増幅して、詳しく居場所を特定しようとする。たとえばミミズや昆虫を探り当てて、それをエサにしながら進んでいく。彼らにとって手探りの動作は、暗がりを効率的に進ませていくれる最高の体験なのだ。
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| 鼻には筋肉質な棒が無数に生えている。"ホシバナ"と呼ばれる由縁だ。(photo by: Dan MacNeal) |
判断の要を担う第十一の付属肢、脳のリソースを優先的に配分する触覚の階層構造
指と称したものの、鼻から生える付属肢には物を掴む機能はない。あくまでもセンサーとして働くだけで、形状や質感を感じるために用いられる。
だが、彼らの付属肢には、思わず「指」と呼びたくなるような特徴が備わっている。たとえば神経の分布域が、人間の指のものと酷似している。根元ほど神経の数が少なく、先端へ向かうほど神経の数も多く―――感覚が鋭くなっていく。私たちが繊細な作業は指先でこなそうとするように、ホシバナモグラも状況に応じて付属肢を使い分けているのだ。
面白いことに、ホシバナモグラには「利き手」のような感覚もあるらしい。ある物体を調べる時、彼らはまず22本すべての付属肢をギュッと押し付ける。これはちょうど、私たちがスマホを手のひらで包み込むような動作といえる。手のひら全体でスマホの硬くて冷たい感覚を味わって、それが少なくとも電子機器であることを直感する。そうやって雑に全体像をつかむわけだ。
その物体をより詳しく調べたければ、利き指(手)に出番が回ってくる。ホシバナモグラの場合、それは最底辺に位置している1対の付属肢(11付属肢)が該当している。最も短いその2本が、最も鋭い触覚を発揮するのだ。彼らは疑わしい物体に対しては、11付属肢だけを何度も触れさせて、その物体が食べ物であるかどうかを探ろうとする。私たちがスマホのボタンをつい親指でポチッと押したくなるように、彼らも頻繁に11付属肢を頼っているわけだ。
六百分の一秒で下される捕食の決断、世界最速の採餌を実現する情報伝達の極致
11付属肢はどの付属肢よりも感度が高い。だが、触覚を感知している感覚受容器の数は、他の付属肢よりもむしろ少ないのだという。ではなぜ、他の付属器とは一線を画すほどの高感度を実現できるのだろうか?
ホシバナモグラの触覚を支えているのは、総数25000個にもおよぶ感覚受容器だ。この感覚受容器―――アイマー器官は、付属肢の表面をビッシリと覆い、それぞれで振動を感知している。また、1つのアイマー器官には4~7本の神経線維が接続されている。のべ10万個を超える神経線維を通じて、かすかな振動さえ逃さず脳に伝えているわけだ。
この「脳の接続」こそが、ホシバナモグラの高感度を決定づけている。たとえアイマー器官の数が少なくても、そこに接続する神経線維の数が多ければ、必然的に脳へ送られる情報量も増える。さらに11付属肢の場合、送った情報を処理している脳の領域が、他の付属肢よりも広く割り当てられている。要するに11付属肢から送られてくる情報が、脳内で優先的に処理されているわけだ。これがそのまま「感度の差」として表れている。
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| ホシバナモグラは生まれた時から視力が弱いが、視力に割くはずだった神経領域をすべて触覚に充て、卓越した高感度を実現する。(photo by:gordonramsaysubmissions) |
ホシバナモグラにとって、鼻が何よりも重要な器官であることは言うまでもない。実際、彼らは鼻から得た触覚を活用すべく、大脳皮質の約52%を情報処理に充てている。鼻の大きさが体全体の10%にも満たない事を思えば、規格外なまでに脳のリソースを鼻に割いているのだ。
その甲斐あって、彼らの判断力は恐ろしく早い。物体に触れてから25ミリ秒(0.025秒)で、それを食べるかを判断してしまう。うち12ミリ秒は脳に触覚を伝えるまで、うち5ミリ秒は脳から運動指令を下すまで。そして残り8ミリ秒を、物体が食べ物なのかを判断するのに充てている。
ちなみに人間はこの一連の情報処理を終えるまでに、600ミリ秒もかかってしまう。私たちの反射神経など、取るに足らないものなのだ。もし自慢しようものならば、ホシバナモグラに鼻で笑われてしまうだろう。
水底を駆ける水陸両用の探求者、気泡を介して獲物を追う独自の嗅覚システム
ホシバナモグラの優れた判断力は、正しくエサ探しに活用されている。その動作は非常に忙しなく、不規則に付属肢を壁や床に押し付けては、11付属肢でエサを判別するという作業に没頭している。1秒間に最大15か所もの領域に触れるというせっかちな行動から、「世界最速のエサ探し」というギネス記録も与えられている。彼らは昼夜問わず活動し続け、数多のエサを呑み込んでいく。
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| モグラ特有の腕があれば、土を進むことも容易い。鱗状の皮膚で手を守りながら、尖った爪で穴を掘っていく。(photo by:Dan MacNeal) |
その食欲は時に水場へ向けられる。エサの半分はミミズが占めているのだが、そのほとんどが水生種(ヒル)で構成されている。ホシバナモグラはもともと湿地に生息していることが多く、水場の狩りにも慣れているのだ。大雨で巣が水没してしまった時はもちろん、時には土を掘り進め、自発的にトンネルを水中までつなげてしまう。そして水に怯える様子もなく、そのまま水底まで泳いでいく。水生昆虫や甲殻類、小魚などを捕まえてエサにするためだ。
この時に活躍するのは「嗅覚」だという。ただし鼻ではなく口でにおいを嗅ぐ。ホシバナモグラの口内には、化学物質を検知する受容器が備わっているのだ。彼らは水に潜るとまず泡を吐き出して、その泡をまた飲み込む動作を取る。おそらく獲物からにじみ出る化学物質、つまり「におい」を泡に閉じ込めて嗅いでいるのだろう。この方法であれば視力に頼らずとも、獲物が近くにいるのかを判断できる。彼らはいざという時に備えて、水芸も隠していたわけだ。
ただし、エサを求めて水中にまで身を投じる勇気は見事なものだが、それ相応のリスクもある。ハムスター程度の大きさしかないホシバナモグラには敵が多い。トンネルから身を晒してしまえば、多くの捕食者が襲い掛かってくるだろう。
上空からフクロウやノスリら猛禽類が狙いを定め、地上ではキツネやスカンクが待ち構えている。泳いでいる最中であれば安全と思いきや、水陸両用のハンターであるイタチや、大型魚などが脅威となることもある。ただ土に潜り続ける他のモグラに比べて、はるかに危険な暮らしを選んでいるわけだ。それでも湿地という独特な地形に留まり、ホシバナモグラは特異な進化を遂げてきた。
湿地の柔らかな土壌が育んだ進化、アイマー器官の摩耗を防ぐ環境と最適採餌理論
鼻に付属肢を生やしているモグラは他にもいるが、「star-nosed(星鼻)」と称されるほどユニークな鼻を持っているモグラは、ホシバナモグラをおいて他にいない。しかもホシバナは見かけ倒しではなく、より効率的な働きを約束してくれる。
たとえば、一般的なモグラも鼻を地面に触れさせながら進んでいくのだが、1度の接触で0.11平方センチしか触れることができない。一方、ホシバナモグラはホシバナを広げて接触面積を最大化しているため、1度の接触で0.92平方センチも触れることできる。ホシバナのおかげで、カバーできる領域が約8倍にまで広がっているわけだ。また地味ながら、ホシバナは鼻に土が詰まらないよう防いでくれる。
ホシバナの有用性は明らかだが、ほとんどのモグラはごく単純な細長い鼻しか持っていない。あるいは北米で付属肢を持つモグラが他にも見つかっているが、その数はわずか8本に過ぎない。22本もの付属肢を備えているモグラは、ホシバナモグラ以外に存在していないのだ。なぜそれほどの付属肢を備えるに至ったのか、その経緯は謎に包まれている。
もっとも、仮説はいくつかある。たとえば、「湿地で暮らすためにはホシバナが不可欠であった」というものがある。湿地は小さな昆虫が密集する反面、1匹ごとの栄養価は非常に低い。エサにするならば大量に捕まえなければ栄養を補えず、しかも小さな昆虫を捕らえるには、感覚も相応に鋭くなければならない。これらの事情を鑑みて、効率的に昆虫を感知すべく、付属器の数が増えていったのかもしれない。
「湿地でなければ付属肢を維持できない」という説もある。モグラはみなアイマー器官を備えているが、年を重ねるほど擦り減っていく傾向がある。地面をつつき回す摩擦で削れてしまい、経年劣化してしまうのだ。ただでさえ破損しやすい鼻に付属肢まで付けてしまえば、余計に破損個所が増えてしまう。エサを探す効率よりも付属肢を修繕するコストが上回ってしまえば、それを身に着けようと考えるモグラもいなくなる。
ところがホシバナモグラの住処は湿地にある。水気は土を柔らかくして、摩擦を小さくしてくれるので、鼻をどれだけ土に押し付けてもアイマー器官が擦り減らなくなる。つまり湿地では付属肢を増やしても、破損するリスクがないわけだ。それゆえに、感覚を鋭くできるというメリットだけを享受して、22本もの付属肢を持つに至った可能性がある。
動物の不変的な法則を用いて、ホシバナの謎を説明しようとした仮説もある。「最適採餌理論に従って、ホシバナモグラも効率的に進化した」という説だ。
最適採餌理論の考え方では、生物はみな、エネルギーの摂取量が最大化するように進化していく。獲物の大きさ・種類・数に始まり、その発見方法や狩猟方法、活動する時間帯と探索にかける時間に至るまで、あらゆる要因を組み合わせて「最適な狩り」が実現されているという考えだ。この理論に照らし合わせるならば、ホシバナもそれに相応しい「役割」が与えられているに違いない。
ホシバナモグラが主食にしている昆虫類は栄養価が低いため、たくさん捕まえなければエネルギー収支が合わなくなる。効率的に獲物を見つけなければならず、その回答として付属肢を増やしたのかもしれない。極小の獲物を知覚できるようになれば、他の動物が捕まえられないような獲物も利用できるようになる。そうやって競争を減らしながら、エサの摂取量も増やしていったのではないか。
いずれにせよ、ホシバナモグラが優れた狩人であることは疑いようもない。その能力を評価して、触覚や神経回路について研究も進められている。ホシバナに含まれるアイマー器官や、大脳皮質までの伝達経路を解明できれば、より高度な情報処理のヒントを得られるのではないかと期待されているのだ。
もし、神経速度を限界値まで引き上げるプロセスが解明されれば、コンピュータの計算効率を引き上げられるかもしれない。いつの日か、ホシバナモグラを模倣した”モグラ式コンピュータ”が生まれる可能性も、0ではないのだ。
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| (photo by:marilynebdubois) |
参考資料
wikipedhia(en)/ADW/iNaturalist/PE/PMC
参考動画
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